【山本龍星・滋賀】空気が会議を始めた日
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ある朝オフィスに入った瞬間、空気の粒がいつもよりざわついているように感じた。人間同士の会話より先に、空気そのものが先回りして意見交換をしているような独特の気配があった。何を根拠にそんなことを思ったのか自分でもよくわからないけれど、その日はなぜか空気の動きがやけに意味深に見えた。画面を立ち上げる前から、今日起きるはずの出来事を空気が小声で相談しているような、そんな妙な感覚が漂っていた。
そう考えると、職場の空気が読める人という表現は単なる比喩ではなく、実際に空気が発している微細な意図を拾っている人なのではと思えてくる。気圧の変化みたいに目には見えないものが、人間の意志とほんの少し混ざり合って、部屋全体に気配として広がっていくのかもしれない。その気配の濃淡に気づくことで、まだ誰も気づいていない未来の流れを感じ取ることができる。そんな考えを抱いた時、私はふと天井を見上げた。そこには何もないはずなのに、薄い膜のような空気の層がゆっくりと会議を続けているようだった。
もし空気が会議をしているのだとしたら、議題はいったい何なのだろう。誰かの挑戦をそっと後押しするべきか、あるいはまだ準備が整っていないから静かに様子を見ようとするのか。そんな風に空気が方向性を決めるとしたら、その結論はきっと人の動きにも何かしらの影響を与えているのだろう。挑戦しようとした瞬間の胸の高鳴りや、なぜか今日は慎重にしたいと感じる直感は、空気の会議で決まった議題のメモを受け取っているのかもしれない。
その日、私はデスクに向かう前に深呼吸をひとつした。空気の会議の気配をなるべく正確に吸い込んで、自分の中で言葉に変換してみたかったからだ。すると、意外にもその空気は「もう少し踏み込んでみてもいい」というメッセージを含んでいたように感じた。その小さな後押しがきっかけになり、今日やろうかどうか迷っていた新しい提案を、結局思い切ってチームに共有することができた。あの時の一歩は、自分の意志だけで踏み出したというより、空気の議決と一緒に進んだような感覚すらあった。
仕事というものは、個人の意思とチームの流れだけでなく、場所そのものが持つ気配にも大きく影響される。空気の会議は見えないけれど確かに存在していて、その日の温度や人の気持ちや場の空気を混ぜ合わせながら、未来の動きを静かに形づくっている。もしその会議の議事録を読むことができたら、自分が次に向かうべき道がもっとクリアに見えるのかもしれない。けれど、見えないからこそ直感の輪郭が浮かび上がり、耳を澄ませる余地が生まれるのだとも思う。