【新堀武司】会議が“止まる瞬間”に、本当の意思決定が始まる
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長くシステム開発やDXの現場にいると、会議が動いているようで何も動いていない瞬間に何度も出会う。誰かが発言して、別の誰かがうなずき、議事録には「検討する」と書かれる。でも、何も決まらない。静かに時間だけが過ぎる。その沈黙の時間が、実は最も重要だと気づいたのは、フリーランスになってからだった。
メガバンクで働いていた頃、会議は常に「進めるための場」だった。議題が多すぎて、止まることは悪のように扱われた。誰もが発言を競い合い、結論を早く出そうとする。だが、後から見れば、そのスピードの多くは「決めた気になっているだけ」だった。ある大規模システムのリプレース会議で、ひとりの若手が質問した。「そもそも、これってやる必要ありますか?」と。その瞬間、空気が固まった。全員が黙り込み、数秒がやけに長く感じた。でも、私はその沈黙のあとに出てきた議論が一番本質的だったことを今でも覚えている。
外資系コンサル時代には、会議を効率化するためのフレームワークやツールを山ほど導入した。進行を可視化し、タスクを管理し、アウトプットを定義する。合理的で無駄がない。だがその中で、ふと寂しさを覚えたことがある。全員が予定調和の中で発言し、異論を出さない。反対意見が生まれる前に「まとめ」られてしまう。そこには確かに効率があったが、意思は薄かった。
独立してから、私は会議を「止める」ことを意識的にやるようになった。話が進みすぎていると感じたら、一度沈黙を置く。誰かが焦って結論を出そうとしたら、「今、何か引っかかっている人いませんか?」と聞く。すると、静かに手を挙げる人がいる。その人が発する一言が、プロジェクトの方向を根本から変えることがある。沈黙には力がある。音のない時間にこそ、人の本音や違和感が浮かび上がる。
面白いのは、テクノロジーが進化するほど、この「止まる力」が軽視されることだ。AIが議事録を自動生成し、会議の流れを最適化する。でも、そこには沈黙が記録されない。誰も発言しなかった数秒間が、意思決定の核心だったりするのに。効率化は進むのに、思考の深さは薄くなる。だからこそ、私は今、あえて“止まる”ことを大切にしている。
プロジェクトの成否は、決めた内容ではなく、決め方の質に宿る。沈黙を恐れずに、言葉を選び、迷いを共有できるチームこそが強い。音が消えた瞬間に、誰が何を考えているか。それを感じ取れる組織は、どんなフレームワークよりも強い。会議が止まる瞬間に、組織の知性は動き出す。
フリーランスになってから、私は「進むこと」より「止まること」の価値を信じるようになった。効率よりも、思考の余白。沈黙の中にこそ、チームの未来を決める声がある。AIがすべてを言語化する時代にあって、あえて言葉にしないことが、最も人間らしい意思表示なのかもしれない。