🕊 建物は、人の記憶を抱いている。――木村智陽 半生記と仕事哲学
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🕊 建物は、人の記憶を抱いている。
――木村智陽 半生記と仕事哲学
1. 少年の日の風景
1959年6月11日、私は郊外の小さな町に生まれました。
家の周りには、まだ舗装されていない道や、瓦屋根の家々が並んでいました。
夕暮れになると、どこからともなく味噌汁の香りが漂ってきて、家々の灯りが少しずつともる。
そんな光景の中で育ちながら、私は“建物”というものに自然と興味を持つようになりました。
「人が集まる場所には、必ず建物がある。けれど、建物があるだけでは人は集まらない」
そんなことを子ども心に感じていたのかもしれません。
2. 建設の現場から見えた「人の営み」
社会に出てから、私は建設関連の仕事に就きました。
最初の現場は、まだ若手社員の頃に携わった集合住宅の新築工事。
鉄筋が組まれ、コンクリートが流し込まれ、壁が立ち上がっていく──
そのダイナミックな光景に胸が高鳴ったのを覚えています。
しかし、数年後に再びその建物を訪れたとき、私は衝撃を受けました。
外壁にはひびが入り、掲示板には苦情が貼られ、理事会の雰囲気もどこかぎこちない。
“完成”だと思っていた建物が、実はそこからが“始まり”だったのです。
そのとき初めて、「建物の寿命は工期で決まるものではない」と気づきました。
人がどう関わるかで、建物の“生き方”が変わる。
私は、その“人と建物の関係”を見つめたいと思うようになりました。
3. 管理組合との出会い
やがて、私はマンションの管理組合支援に関わるようになります。
最初の仕事は、築20年を超えたマンションでの管理規約改定。
理事会の方々は、「専門用語が難しい」「何をどう決めればいいかわからない」と戸惑っていました。
けれど、話を重ねるうちに見えてきたのは、皆さんの**“この場所を良くしたい”という純粋な気持ち**でした。
意見がぶつかるのも、その思いが強いからこそ。
議論の末にようやく新しい規約が承認された日の、理事長さんの笑顔は今でも忘れられません。
「これで、やっと前を向けますね。」
その言葉を聞いたとき、私は思いました。
「自分の仕事は、建物を守ることだけでなく、“人の希望”を支えることでもある」と。
4. 現場で学んだ「管理の本質」
管理組合の支援に携わっていると、毎回違う景色に出会います。
理事会の熱気に包まれる夜もあれば、合意形成に苦しむ長い日々もあります。
でも、どんな現場にも共通しているのは、「誰かが動けば、少しずつ変わる」ということ。
ある地方都市のマンションでは、資金不足から大規模修繕が進まない時期がありました。
しかし、住民が自ら学び、意見を交わし、信頼を築くことで、最終的に全員一致で修繕が実現しました。
その後、そのマンションの掲示板にはこんな言葉が掲げられたそうです。
「この建物は、私たちの手で守る。」
私はその話を聞き、胸が熱くなりました。
建物を支えるのは、人の意志なのだと。
5. 哲学──「住み続ける力」を育てる
私の仕事の原点は、「安心して住み続けられる住環境をつくること」。
でも、それは誰かに“与えられる”ものではありません。
住む人が、自ら考え、話し合い、決めていくこと。
そのプロセスの中にこそ、コミュニティの力が生まれます。
マンション管理は、“技術”と“関係性”の両輪で動いています。
どちらかが欠けても、建物は長く持ちません。
だからこそ、私は**「建物の診断」ではなく、「人のつながりの再構築」**にも重きを置いています。
6. これからの夢
いま、私はオンライン相談やセミナーを通じて、全国の管理組合の方々と出会っています。
画面越しに交わされる会話の中にも、現場と同じ“熱”がある。
そこに、未来への希望を感じます。
建物は、時間とともに老いる。
けれど、関わる人の意志があれば、何度でも生まれ変われる。
私はこれからも、そんな「人と建物の物語」に寄り添い続けたいと思います。
それが、私にとっての**“仕事の哲学”**です。