【増汐真未】ノートとペンを持たない会議の魔法
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朝、オフィスに入ると会議室のドアが開いていた。今日のミーティングは「ノートとペンを使わない」ことがルールだと言われた瞬間、正直戸惑った。普段はメモに追われ、議事録をまとめ、タスクを書き出す日常。それを一切禁止されるなんて、頭の中の整理法まで揺さぶられる挑戦のようだった。
会議が始まると、最初は皆、戸惑った表情で沈黙した。誰も書けないから、話すしかない。普段なら思考を紙に逃がしている分、口に出さないと頭の中が空回りしてしまう。けれど、話してみると面白い現象が起きた。発言の順番や、タイミングを考えながら、みんなの頭の中がリアルタイムでつながる感覚があった。言葉の選び方が丁寧になり、相手の言葉を待つ時間が生まれる。その静かな間が、思考の濾過装置になっているみたいだった。
普段の会議では、メモを取ることに気を取られ、核心を話す前に頭の中で何度も整理してしまう。でも今日は違う。言葉に出すことでしか情報を残せないので、自然と本質に集中するようになる。無駄な説明や言い訳を省き、重要なポイントだけが浮かび上がる。それはまるで、余計なものをそぎ落としたマーケティング施策のようだと思った。
さらに面白いのは、非言語のコミュニケーションが増えることだ。視線、表情、ジェスチャー。普段ならメモに頼って気づかないニュアンスまで、全員が敏感になる。あの瞬間、チームの中に目に見えない結束が生まれた気がした。データや数字がなくても、人は情報を共有できるのだと実感する。
会議が終わる頃、紙とペンに頼らずにここまで話せたことが不思議で、少し興奮していた。ノートに書き留めることは簡単だ。でも、書かないことが、考える力を引き出す。チームの一人一人が頭をフル回転させ、言葉と感覚だけで思考を紡ぐ。その瞬間、ただの会議が、創造の実験室に変わったのだ。
この体験は、日々の仕事でも応用できると思う。メールやチャットに頼りすぎず、直接対話することで見えてくるアイデアや発見が必ずある。数字や資料に隠れていた、本当に大事なものを見つけるための「会議の魔法」だ。今日の経験を通して、改めて思った。ツールに頼るだけでは限界がある。頭と体を使って、考え、話すことの価値は計り知れない。
会議室を出ると、普段より少しチームが近くなった気がした。ノートとペンを置いておくだけで、こんなにも思考と関係性が変わるとは。次回の会議も、あえて何も持たずに臨んでみようと思う。