こんにちは!
匠Laurenで人事・採用広報を担当している黒川です。
今回、どうしても
もう一度インタビューしたい社員がいました。
営業部の浅島悠人さん。
「今、匠Laurenで最も追いかけたい社員の一人は?」と聞かれたら、
私が真っ先に名前を挙げたい一人です。
営業成績がいいから。
役職が部長だから。
もちろん、それも理由のひとつです。
でも、私が浅島さんを紹介したいと思った一番の理由は、そこではありません。
浅島さんが入社したのは2023年1月。
23歳。
正社員経験なし。
営業経験もなし。
大学を中退したあと、約3年間飲食店で働いていました。
そこから匠Laurenに入社して、飛び級昇格で3か月で主任へ。
その後も昇格を重ね、今では営業部長として新しい事業を率いています。
結果だけを並べると、
「最初から営業が得意だった人なんじゃない?」
「もともと何でもできた人なんじゃない?」
と思われるかもしれません。
でも、私がこれまで浅島さんを見てきて、一番面白いと思うのは、
役職が上がったことより、浅島さん自身が変わっていったこと。
です。
実は約1年前。
まだ浅島さんが次長だった頃にも、私はインタビューをしています。
そのとき、
「これからどうなっていきたいですか?」
と聞きました。
答えは、
「最速で部長になって、みんなにこの会社で良かったと思わせたい。」
と。
そして約1年後。
本当に部長になりました。
だったら、聞くしかない。
あの頃「部長になる」と言っていた人が、実際に部長になった今、何を思っているのか。
その先には、何が見えているのか。
ということで、改めて浅島さんの前に座りました。
「そんなこと言ってましたっけ?」
まず、去年の言葉をそのままぶつけてみました。
「去年のインタビューで、“最速で部長になって、みんなにこの会社で良かったと思わせたい”って言ってたんですよ。」
すると、
「そんなこと言ってましたっけ?」
……言ってました(笑)。
「言ってましたよ。実際振り返ってみてどうですか?」って聞いたら。
少し考えてから返ってきたのは、
「いや、でもまあ……がむしゃらでしたよ。」
という言葉でした。
当時から考えると、動画部署全体の統括マネージャーをしたり、
そこから部署の異動もした後、新規事業の責任者…
考えることも多かった時期。
それでも、とにかく目の前のことにがむしゃらに向き合っていた。
この言葉を聞いたとき、私は、
「確かに、去年からの浅島さんってそんな感じだったな」
と思いました。
以前の浅島さんは、とにかく“勝つこと”への意識が強い人でした。
「勝つまでやる。」
「全部署の中でも1番を取り続ける。」
できなくても、やり続ける。
できるまでやる。
負けたくない。
そんな言葉を、ずっと口にしていました。
営業として自分でアポイントを取り、自分で受注する。
自分の力が、そのまま数字に出る。
その環境が楽しかった。
とにかく自分の力を試したかった。
あの頃の浅島さんの中心にあったのは、
「自分達が勝つ。」
だったように思います。
じゃあ、部長になった今は?
「今、一番やりがいを感じることって何ですか?」
そう聞いたとき、私はてっきり、
「部下が結果を出すこと」
とか、
「部署で目標を達成すること」
みたいな答えが返ってくると思っていました。
少し考えて、返ってきたのは、
「会社の利益の最大化。」
でした。
……去年と、全然違う。
「自分のことだけを考えなくなった。」
「それ、いつからそんなふうに考えるようになったんですか?」
聞いていくと、
「自分のことだけを考えなくなったのは、多分一番変わったところですね。」
と返ってきました。
じゃあ入社当時は?
「本当、自分だけ稼げりゃいいやって思ってました。」
しかも、
「別にそんな長く続けるつもりもなかったですし。」
と。
今、営業部長として会社全体のことを話している人が、です。
正直、面白い。
「自分が稼げればいい。」
そこから始まった人が、今は、
「会社の利益を最大化したい。」
と話している。
じゃあ、何が変わったのか。
大きなきっかけのひとつは、役員と一緒に仕事をする機会が増えたこと
とのこと。
仕事をする中で何度も言われたのが、
「もう、自分だけが良ければいい役職ではない。」
ということ。
もちろん、今任されている部署で成果を出す。
数字を達成する。
それは当たり前。
でも、部長になった今は、それだけでは足りない。
自分たちの事業をきっかけに、ほかの商材まで良くできないか。
新しい取引先をつくれないか。
外部とのつながりを増やせないか。
自分の目の前の評価には直接つながらなくても、会社にとってプラスになることはないか。
「評価に直結しないところで、どうやって自分の価値をつくるか。」
そこまで考えるようになった。
話を聞きながら、
プレイヤーの頃は自分の数字。
マネージャーになってからは部下の数字。
そして今は会社全体。
浅島さんが見ている景色は、役職が上がるたびに少しずつ広がってきたんだなと思いました。
「入社した頃と今で、一番変わったところって何ですか?」
そう聞いたら、
「ビジネスマンとして成長しました、多分。」
“多分”ってつけるところは浅島さんらしい(笑)。
でも、このあとに続いた言葉を聞いていると、確かにそうなんだと思います。
「最初は、全く部下に興味がなかったです。」
浅島さんの変化は、部長になって突然始まったわけではありません。
もっと前。
プレイヤーからマネージャーになった頃に、一度大きな壁にぶつかっています。
以前インタビューしたとき、浅島さんはかなり正直に、
「最初は全く部下に興味がなかったです。」
と話していました。
自分の数字だけを追っていればよかったプレイヤー時代。
自分が頑張れば、自分の結果は変えられる。
でも、部下を持った瞬間、それでは通用しなくなりました。
自分にできることが、相手にもできるとは限らない。
指示したからといって、そのまま動いてくれるわけでもない。
人によって、考え方も違う。
響く言葉も違う。
自分が結果を出すより、人に結果を出してもらう方がずっと難しい。
そこで初めて、
「部下を育てることが、自分の仕事なんだ。」
と気づいたそうです。
部下と本気でぶつかる。
相手を見て、伝え方を変える。
成果が出ないなら、一緒に原因を考える。
自分だけが勝つのではなく、チームで勝つ。
今の浅島さんを見ていると当たり前に感じますが、最初からそうだったわけではありません。
だからこそ、私はこの変化が好きです。
「覚悟。」
では、そもそも。
正社員経験もなく、営業経験もなかった人が、なぜここまで走り続けることができたのか。
「ここまで来られた一番の理由って何だと思いますか?」
迷わず返ってきました。
「覚悟。」
一言でした。
理由は、
「もう次がないですからね。ここで結果出さないと。」
と。
浅島さんは大学を中退したあと、飲食店で約3年間働いていました。
そこから23歳で就職活動を始めます。
でも、思うようにいかなかった。
選考にもなかなか通らない。
そして匠Laurenを受ける前、お母様に、
「次の匠Laurenがダメだったら、もう実家に帰る。」
と話していたそうです。
富山から出てきて、二十歳で大学を辞めて。
そこから3年。
最後のつもりで受けた会社が、匠Laurenでした。
「じゃあ今でも、そのときの“もう次がない”って気持ちで頑張ってるんですか?」
話を聞いていくと、少し違いました。
今の原動力として何度も出てきたのが、
"社長"
という言葉でした。
そして、
「社長は、ボロボロの僕を拾ってくれたんで。」
と。
その言葉だけで、なんとなく全部分かった気がしました。
もしあのとき匠Laurenに受かっていなかったら、今頃は地元に、富山にいたかもしれない。
人生を変えるきっかけをくれたのが、この会社だった。
社長だった。
だから、恩返ししたい。
そんな気持ちが根っこにある。
そして、もう一つ。
会社が目指している未来です。
経営陣が話すビジョンを聞いていると、
「本当にそうなるんじゃないか」
と思える。
まだ実現していない未来でも、
自分もそこにいたいと思える。
だから、
「人生頑張れるタイミングって、そんなに多くないと思うんですよね。」
そして、
「逃げるのは、今じゃねえなって。」
浅島さんがそう言ったとき、
「覚悟」という最初の一言が、ようやく全部つながった気がしました。
チャンスをもらったから、逃げなかった。
匠Laurenに入社したから、自動的に部長になれたわけではありません。
チャンスはもらった。
でも、そのチャンスから逃げなかった。
結果が出ないときも。
しんどいときも。
マネージャーになって、今まで通用していたやり方が通用しなくなったときも。
部署が変わったときも。
役職が上がり、責任が増えたときも。
そのたびに向き合ってきた。
それが浅島さんの言う「覚悟」なんだと思います。
だからこそ、これから入ってくる社員に求めることを聞いたときの答えにも、一貫性がありました。
「どんな人になってほしいですか?」
最初に出てきたのは、
いろんな経験をしてほしい。
営業マンとしてだけではなく、ビジネスマンとして大きくなってほしい。
役職を上げて、稼げるようになってほしい。
という言葉。
そして、浅島さんのような“負けたくない気持ち”も必要なのか聞いてみると、
「それは生まれ持ったものもあると思う」
としたうえで、
これだけは徹底してほしいと。
「自分から逃げない。」
「結果を出すことに対しての努力から、逃げないでほしい。」
営業をしていると、
結果が出ない時期があります。
テレアポをやめたい。
営業が向いていないんじゃないか。
自分には合っていないんじゃないか。
そんなふうに思う人もいる。
でも、
「その手前って、絶対結果が出てないから。だけなんですよ。」
結果が出た。
そこまでやり切った。
そのうえで、それでも違うと思うなら、別の道を選んでもいい。
でも、その前に、
「結果を出すことに対しての努力から逃げないでほしい。」
この言葉を聞いたとき、
「それ、浅島さん自身のことじゃん」
と思いました。
うまくいかなかった就職活動。
「ここがダメなら富山に帰る」と決めた23歳。
そこで与えられたチャンス。
そのチャンスを掴むために、営業未経験からがむしゃらに結果を追った。
だからこそ今、
「向いてるかどうかを決める前に、まず自分から逃げるな。」
と言える。
私はこの言葉を、ただの営業論としては聞けませんでした。
浅島さん自身の3年間が、そのまま乗っている言葉に聞こえました。
「部長になる」の、その先。
最後に聞きました。
「去年の目標は“部長になる”だったじゃないですか。じゃあ今の目標って何ですか?」
もちろん、さらに上の役職を目指す気持ちもあります。
もっと稼ぎたい。
やりたいこともある。
でも、今一番強いのは、
「みんなに、昇格したいって思わせられる存在になりたい。」
という気持ちでした。
課長になりたい。
次長になりたい。
部長になりたい。
後輩たちに、
「あの人みたいになりたい。」
「頑張ったら、こんな未来があるんだ。」
そう思ってほしい。
仕事で結果を出す姿だけではなく、
収入が上がる。
できることが増える。
生活の選択肢も増える。
仕事以外の部分まで含めて、
「役職が上がったら、こんな景色が見えるんだ。」
と見せられる人になりたい。
インタビューの途中で私が、
「もう自分の夢っていうより、“みんなの希望になれたら”の方が強いんですか?」
と聞きました。
返事は、
「強いですね。」
でした。
入社した頃は、
「自分だけ稼げればいい。」
だった人が。
今は、
「みんなの希望になりたい。」
と言っている。
ここまで話を聞いてきて、私はこの変化が一番すごいと思いました。
「この人についていきたい」と思われる理由。
浅島さんは、社内でも目立つ存在です。
営業として結果を出し続け、昇格も早い。
今では部長として事業を任されていて、部下からも慕われています。
私自身もこれまで、
「浅島さんって、やっぱりすごいよね。」
そんなふうに見ていた一人でした。
結果を出している。
仕事ができる。
人もいい。
部下とも距離が近くて、仕事以外でも一緒に過ごしている。
だから、
「そりゃ、みんなついていくよな。」
と。
きっと社内にも、私と同じように浅島さんを見ている人は少なくないと思います。
でも今思えば、私自身もどこか他人事だったのかもしれません。
浅島さんが“すごい人”なのは知っている。
結果を出していることも知っている。
みんなから慕われていることも知っている。
でも、
「じゃあ、なぜこの人にみんながついていくんだろう?」
そこまで深く考えたことはありませんでした。
今回、改めて一対一で話を聞いてみて。
その理由が、少し分かった気がします。
浅島さんが考えていたのは、自分が結果を出すことでも、自分の部署の数字だけでもありませんでした。
インタビューの最初。
去年話していた、
「みんなにこの会社で良かったと思わせたい」
という言葉について聞いたときも、浅島さんが話し始めたのは、会社の楽しさや人間関係のことだけではありませんでした。
商材のこと。
事業のこと。
そして、その先にある会社のビジョンのこと。
自分たちが扱っている商材に、営業として自信を持てること。
ちゃんとお客様のためになるものを届けられること。
自分たちの部署がどこへ向かっているのかを、そこで働くメンバー自身が理解していること。
もちろん、
会社が楽しい。
仲間と仲がいい。
それも働き続ける理由の一つにはなる。
でも、それだけでは続かない。
「この商材をもっと広げたい。」
「この部署をもっと大きくしたい。」
「この会社が目指しているところまで、一緒に行ってみたい。」
そう思えるものがあることも、人がついていく理由になる。
そして浅島さん自身も、社長や役員が描くビジョンについて、
「なんか叶うんだろうなって思わせてくれる。」
と話していました。
その言葉を聞いて、なんとなく分かった気がしました。
浅島さん自身がまず、「この人たちについていきたい」と思って走ってきた人なんだと思います。
社長や役員が見ている未来を信じて、自分もそこに行ってみたいと思った。
そして部長になった今は、その未来を自分のところで止めるのではなく、今度は自分が部下たちに伝えようとしている。
私はこれまで、
「すごい人だから、みんなついていくんだろうな。」
と思っていました。
でも、たぶんそれだけじゃない。
自分たちが何のためにこの仕事をしているのか。
この事業をどこまで持っていきたいのか。
ここで頑張った先に、どんな未来があるのか。
浅島さん自身がそこまで本気で考えて、その未来を部下にも見せようとしている。
だからこそ、
「この人についていきたい」
と思う人がいるんだろうなと。
今回ちゃんと話を聞いて、初めてそこまで見えた気がしました。
「成長しました、僕。」
インタビューも終盤。
たくさん話して、最後に浅島さんが笑いながら言いました。
「成長しました、僕。」
私は、
「いや、本当に。」
と返しました。
冗談っぽい空気ではありました。
でも、この記事を書くために改めてこれまでの浅島さんを振り返っていると、
やっぱりこの一言を軽く流すことができません。
23歳。
正社員経験なし。
営業経験なし。
大学中退。
就職活動もうまくいかず、
「ここがダメなら富山に帰る。」
そこから始まった人が、
自分で結果を出し、
部下を持ち、
人を育てる難しさを知り、
事業を背負い、
今では会社全体の利益まで考えている。
以前は、
「自分が勝ちたい。」
だった。
今は、
「みんなにも勝ってほしい。」
になった。
以前は、
「自分が稼げればいい。」
だった。
今は、
「みんなの希望になりたい。」
と言う。
もちろん、
部長になったこともすごい。
短期間で何度も昇格したこともすごい。
営業として結果を出し続けてきたこともすごい。
でも、私が一番広めたい浅島悠人は、
そこじゃない。
チャンスをもらった23歳が、そのチャンスから逃げずに走り続けて、
今度は自分が、次の誰かに未来を見せる人になっている。
そこです。
以前の記事でも書きましたが、
匠Laurenは、過去だけで人の可能性を決める会社ではありません。
今まで何をしてきたかだけではなく、
これからどうなりたいのか。
そこを大切にしています。
でも、会社がチャンスを渡しただけで、人が変わるわけではない。
環境を使うのも自分。
逃げずに向き合うのも自分。
その先で未来を変えるのも、自分です。
浅島さんを見ていると、それがよく分かります。
そして、去年、
「部長になる。」
と言っていた人は、本当に部長になりました。
だから次は、
「みんなの希望になりたい。」
という今の言葉が、これからどう形になっていくのか。
私はまた、追いかけたいと思っています。
浅島さんの物語は、まだまだ途中です。
次にインタビューするとき、
今度はどんなことを言っているのか。
広報として、すごく楽しみにしています。