最近、オフィスの空気が少し重い気がした。空気といっても、温度や湿度の話ではない。人と人の間に漂う、目に見えない“気配”のようなもの。誰も言葉にしないけれど、確かに存在していて、気づくと息が詰まりそうになるような、そんな空気だ。
ある朝、出社してデスクに座った瞬間、ふと「空気を掃除する仕事をしたい」と思った。掃除といっても、モップも掃除機も使わない。やることは、観察と対話、そして沈黙だ。人と話す前に、その人の周りの“気圧”を感じ取る。疲れていそうなら、話しかけるタイミングをずらす。焦っていそうなら、あえて笑い話を投げる。沈黙していたら、あえて沈黙を共有する。
最初は誰にも気づかれない。でも、数日経つと少しずつ変化が起きた。朝の挨拶の声が自然に大きくなったり、誰かがふと差し入れを置いたり。まるで見えないほこりを少しずつ拭っていくように、オフィス全体の“気流”が軽くなっていくのがわかった。
空気の掃除は評価されない仕事だ。誰かに「ありがとう」と言われることもない。でも、私はこの仕事が好きだ。チームの雰囲気が整うと、自然とアイデアが生まれ、会議が生き生きし、誰かの「やってみたい」が通りやすくなる。生産性を上げようとするより先に、“空気”を整えるだけで、組織の歯車は回りやすくなるのだ。
よく「心理的安全性」という言葉が使われるけれど、それを意図的に作ろうとすると、なぜか嘘っぽくなる。本当の安全は、構築ではなく、循環で保たれる。安心の空気が流れていれば、人は勝手に挑戦する。だから私は、今日も誰にも気づかれないところで“空気”を掃除している。
もしあなたの職場の空気が重くなってきたら、まずは誰かの机の上に置かれたコーヒーの湯気を見てみてほしい。その立ち上がる蒸気がまっすぐ伸びていたら、大丈夫。もし、ゆらゆらと揺れていたら、少し掃除が必要かもしれない。
人は、空気の中で働いている。だからこそ、空気を整えることは立派な“仕事”なのだ。