不動産投資と聞くと、お金を出して物件を買う姿を思い浮かべる人がほとんどだと思います。
私が18年以上続けてきた廃墟不動産投資は、そのイメージとは少し違います。空き家を安く借りたり、譲り受けたりして、そこに住みたい人へつなぐ。そういう仕事です。
その中でも忘れられないのが、秋田県のとある一軒です。
買うどころか、費用をいただいて引き受けた家です。今回はその話を、ブログとは別の角度で書いてみます。
解体に500万かかる、という相談
その建物は、長いあいだ使われないまま残されていました。秋田は雪の多い地域です。
積もった雪の重みもあってか、屋根の一部は崩れ、床には穴が開いていました。
中に入れば、前の暮らしがそのまま残されたような大量の残置物。とても人が住める状態ではありません。
しかも、かなり大きなお屋敷でした。解体するだけで500万から600万ほどかかる規模です。所有者の方に、この先この家を活用する予定はありませんでした。
かといって、解体には数百万円。持っているだけで負担になり、とにかく手放したい。そういう状況だったんです。
家が資産ではなく、重荷になる。
長く空き家を扱っていると、こういう場面に何度も出会います。
誰かにとっての実家や、思い出の詰まった建物が、いつのまにか「どうにかしたいもの」に変わってしまう。
秋田のこの家も、まさにそうでした。相談を受けたときの所有者の方の口ぶりからも、その困りようが伝わってきました。
「買う」のではなく「もらう」取引
普通、不動産を手に入れるときは「いくらで買ったのか」という話になります。
この物件は、まったくの逆でした。
私がお金を払って取得したのではなく、費用をいただいて引き受けたんです。
所有者の方にとって、数百万円かけて解体するより、いくらか払ってでも引き取ってもらうほうが負担は軽くなります。
私にとっては、それまで扱ってきた空き家とはまるで違う形で手元に来た一軒でした。
「タダでもらう」の、さらに先。お金をいただいて建物を引き受ける。文字にすると妙な話でしょうか。でも所有者が本当に困っているなら、これは双方にとって理にかなった選択です。
片方が損をして、片方が得をする取引ではありません。お互いの困りごとと折り合いが、たまたま逆向きに噛み合った。それだけのことなんです。
こういう発想は、最初から持っていたわけではありません。年月をかけて空き家と向き合ううちに、少しずつ身についてきたものです。
始めた頃の私なら、たぶん引き受けを迷っていたと思います。
廃墟YouTuberと歩いた室内
その後、廃墟を扱っているYouTuberの方から「面白い物件ですね」と声をかけていただきました。実際に一緒に建物の中を見て回ったこともあります。
中には、長いあいだ人の手が入っていなかったことが伝わる残置物の山。
歩くたびに、この家がたどってきた時間を感じました。取材という形で誰かと一緒に廃屋を歩くのは、一人で見に行くのとはまた違う体験です。
相手の反応を通して、自分がいる場所を外から見つめ直せる。
自分が当たり前に扱ってきたものが、人から見れば「面白い」に映る。その距離感が新鮮でした。
廃屋を負担としてではなく、興味の対象として眺める人がいる。
空き家を取り巻く空気が、少しずつ変わってきていることの表れかもしれません。
空き家が増えるほど、こういう家に出会う
日本の人口は減り続けています。それでも新しい家は建ち続け、使われない家は増えていく。
だから私のところに来る相談も、年々変わってきました。昔は「安く貸したい」という話が中心でした。今は「引き取ってほしい」という声が確実に増えています。
秋田の一軒は、その変化を先取りするような物件でした。持て余された家が、費用つきで誰かの手に渡る。
数年前なら珍しかったこの形が、これからは当たり前になっていくのだと思います。困っている人がいて、受け止める人がいる。
その橋渡しができるのは、長く続けてきたからこその役割だと感じています。
18年やってきて、なぜこの一軒なのか
これまで、数えきれないほどの空き家や古い建物を見てきました。
もっと傷んだ家も、もっと変わった家もあったかもしれません。
それでもこの秋田の一軒が記憶に残っているのは、建物の状態だけが理由ではありません。
取得の経緯が、通常の不動産とはまるで違ったからです。
買うのではなく、もらう。
もらうどころか、費用をいただいて引き受ける。
廃墟不動産投資を長く続けていると、教科書のどこにも載っていない取引に出会います。この家は、その象徴のような存在でした。
空き家は、これからも増えていきます。
使われなくなった家をどう受け止め、どう次につなげるか。秋田のあの屋敷は、私にその問いを一番はっきりと見せてくれた一軒です。
ふと振り返るたびに、この仕事の面白さは、こういう予想外の一軒に詰まっているのだと思います。
次はどんな家に出会うのか。それを楽しみに、今日も空き家と向き合っています。