こんにちは!前嶋拳人です。
朝の冷たい空気がまだ部屋のなかに残るころ、焼き立ての香ばしいパンを手のひらにそっと乗せてみたことはあるだろうか。オーブンから取り出されたばかりのその温もりは、ふんわりとした柔らかさとともに、今日という一日が新しく始まることの小さな高揚感をそっと運んできてくれる。表面のきつね色の焼き目や、香ばしい小麦の香りをじっと感じていると、複雑な思考がいったんほどけて、いま目の前にある温かな手ざわりだけが鮮やかに心に満ちていくような心地がする。
会社員として大きな組織のなかに身を置いていた頃の私の仕事は、どちらかというとこの焼き立てのパンを味わうことよりも、巨大な工場のラインで規格通りに切り分けられた均質な材料を、ミリ単位の狂いもなく正確に流し込んでいくような機械的な管理に近かったように思う。あらかじめ決められた手順を寸分違わず守り、すべての工程を完璧にコントロールすること。それは社会全体の大きな基盤を支えるうえで欠かせない、確かな安全性と信頼性を証明する誇らしい役割だった。
けれど、いつしかその管理された仕組みのなかに身を置くうちに、もっと自分自身の五感で温度や湿度を感じられる場所で、その時々の状況や人々の暮らしにしなやかに寄り添うようなものづくりをしてみたいという気持ちが強くなっていった。大きな組織を離れてフリーランスという生き方を選んだとき、それはまさに自分がこのパンのように外側はこんがりと軸を持ちながらも、内側はふんわりと柔軟な心で新しい現場の空気を味わっていくような日々の始まりだった。
実際にさまざまな現場でコードを書きながら技術やプロジェクトに向き合っていると、私たちが手掛けるデジタルな仕組みもまた、このパンの焼き上がり方ととてもよく似ていることに気づく。どれほど完璧な設計図を描いたとしても、それを使う人々の現実の暮らしや、日々変化していく環境に合わせなければ、本当の意味でいきた成果にはならない。あらかじめ決められた正解をただ守り続けるのではなく、その時々に起こる変化をしなやかに受け止めながら、目の前の人にとって本当に心地よい形を手探りで磨き上げていくことが大切だと実感している。
守るべき堅実な技術の土台と、外の世界へと開かれた柔軟な心。その両方を大切にしながら日々を重ねていくことで、ものづくりに対する視野はぐっと広がっていった。完璧な正解をあらかじめ固定するのではなく、その場にいる人たちと対話を重ねながら、いま必要とされるあたたかな温度を形にしていくことの面白さを噛り締めている。
今日もどこかのキッチンや仕事場で、だれかが焼き立てのパンの香りに胸を弾ませていることでしょう。私も自分の中にある静かな軸を大切にしながら、しなやかで風通しのよい一歩をこれからも一歩ずつ重ねていきたいと思います。