こんにちは!前嶋拳人です。
深夜のオフィスでひとり、過去に自分が関わったプロジェクトの構成図を眺めていると、時折その線たちが回路図ではなく、広大な湿地帯に広がる根っこのように見えてくる瞬間があります。私たちは「キャリアを積む」という言葉を安易に使いますが、実は積み上げているのは石積みではなく、泥の中に深く沈み込むマングローブのような、終わりのない増殖なのかもしれません。
ふと、デスクの引き出しの奥から、使い古された一本のハーモニカが出てきました。なぜこんな場所にあるのかは思い出せませんが、軽く息を吹き込んでみると、吸い込まれた空気はどこか遠い異国の海岸の記憶を連れて戻ってきました。仕事というものは、表面上は論理的で乾いた数字の羅列に過ぎませんが、その裏側には、誰にも奏でられることのない和音が常に潜んでいるような気がします。
画面上のカーソルが、一定のリズムで点滅を繰り返しています。それは暗闇の中で迷子になった誰かが送る救難信号のようでもあり、あるいは新しい生命が誕生する前の鼓動のようでもあります。私はふと、自分の指先から伸びる神経がキーボードを突き抜け、インターネットの海底ケーブルを伝って、地球の裏側にある名もなき村の街灯を点灯させているのではないかという錯覚に陥りました。
私たちは日々、効率や最適化を求めて奔走していますが、その一方で、ポケットの中には常に一粒のビー玉を隠し持っているはずです。それは、どんなに完璧なシステムを構築しても決して埋めることのできない、純粋な空白の象徴です。その透明な球体の中に映る世界は、上下が逆さまになり、空から降る雨がすべて上へと昇っていく不思議な景色を見せてくれます。
窓の外を見ると、都会のビル群が月明かりに照らされ、巨大な墓標のように静まり返っていました。私は自分が作り上げてきたコードの一つひとつが、実はこの街を動かすためではなく、この街を眠らせないための子守唄だったのではないかと感じ始めました。眠りにつくことを忘れた都市は、いつか自重に耐えきれなくなり、マングローブの根が広がる泥の中へと静かに沈んでいくのでしょう。
私は、手にしたハーモニカを再び引き出しの奥へと仕舞い込みました。指先に残った金属の冷たさと、微かな潮の香りが、今の現実が単なる夢の断片であることを教えてくれているようです。ふと画面を見ると、そこには私が書いた覚えのないコードが一行だけ、生き物のように蠢きながら新しい命令文を生成し続けていました。
それは、私をどこかへ連れて行くための地図なのか、それとも私をここに閉じ込めておくための呪文なのか、判断がつかないまま夜が明けていきます。ビー玉の表面をなぞる冷たい風が、誰もいないオフィスを通り抜けていきました。