【前嶋拳人】巨大システムとサボテンが教えてくれた「水のやり方」
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新卒で入った大手SIerでの最初の数年間は、すべてが「大規模」でした。金融や製造業の基幹システム。何百人もの人が関わり、数年かけて作り上げる、まるで巨大なビルを建てるようなプロジェクトです。私はここで、完璧な設計図と、厳格なプロセスこそがすべてだと学びました。水は毎日決まった時間に、決まった量だけ与える。これが巨大な組織を動かす唯一の方法でした。
しかし、その緻密な世界にどっぷり浸かっていたある日、ふと会社のデスクに置かれたサボテンに目が留まりました。
水はほとんど与えられていないのに、凛として生きている。むしろ、水をやりすぎると根腐れを起こす。このサボテンの生命力と、自分が関わっているシステムのあり方が、あまりに対照的に見えたんです。巨大システムは毎日大量の「水」(リソース、データ、メンテナンス)を必要とするのに、スタートアップのサービスやモダンなWebアプリケーションは、まるでサボテンのように、極限まで無駄を削ぎ落とし、少ないリソースで素早く成長していく。
このサボテンの哲学に惹かれ、私はフリーランスとして独立し、Web系スタートアップの技術支援を始めました。
ここで求められたのは、SIer時代とは真逆の「水のやり方」でした。巨大システム開発が「完璧なダムの建設」だとしたら、スタートアップの開発は「ゲリラ豪雨を効率的に集めて、必要な場所にだけ届ける仕組み」です。Ruby on RailsやAWSの環境構築も、最初からすべてを完璧に作り込むのではなく、「まずは動かすこと」を最優先に、必要最小限の機能(最小限の水)で市場にリリースし、ユーザーの反応を見ながら、必要な部分にだけ少しずつ栄養(機能)を追加していく。
あるスタートアップでは、当初Laravelで複雑な認証システムを組もうとしていましたが、「サボテン理論」でアプローチを変えました。まずはシンプルな認証にしぼり、リリース後にユーザーが本当に欲しがっている機能(水)をデータから見極めて、ピンポイントでReactのフロントエンドを改善していきました。結果、開発スピードは劇的に上がり、少ない投資で大きな成果を上げることができました。
この経験を通じて、私はシステム開発の本質は「適切な水の量を見極めること」だと確信するようになりました。大規模システムでは厳格な定期的な給水が必要です。しかし、変化の激しいWebの世界では、無駄な水を避け、乾燥に耐えながらも、必要なときに爆発的に水を吸収できる「サボテンのような構造」が必要です。
私は今、この両方の「水のやり方」を知っていることが強みだと感じています。コミュニケーションを大切にし、顧客のビジネスフェーズに合わせて、彼らのシステムが「サボテン」になるべきか、「ダム」になるべきかを見極め、最適なサポートを提供しています。この両極端な経験は、きっと御社のプロジェクトでもユニークな価値を提供できるはずです。