【前嶋拳人】夜明け前にだけ開く不思議な扉の話
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最近になって、なぜか夜明け前の時間帯だけ妙に感覚が研ぎ澄まされるようになった。眠気と覚醒の境目にあるようなあの独特の静けさの中で、頭の中の雑音が突然いなくなって、代わりにまだ言語化されていない何かの気配だけがふわりと浮かび上がってくる。それが何なのかは説明できないけれど、確かにそこにある。気づけば私は、その気配を追いかけずにはいられなくなっていた。
ある日のこと、夜がまだ少し残っている時間帯にふと目が覚めた。部屋の空気がいつもよりひんやりしていて、時計を見ると普段なら絶対に起きないような時刻だった。なのに、その瞬間だけはやけに身体が軽く、まるで見えない何かに呼ばれたような不思議な感覚があった。私は理由もなく窓際の方へ歩き、まだ眠っている街の気配をぼんやり感じながら、静寂に耳を澄ませた。
すると、自分の内側にだけ響く音のない鼓動のようなものが聞こえた。表面上は何も起きていないのに、確かに何かが始まろうとしている。そんな直感が生まれたのだ。これがただの気のせいなのか、それとも未来からの微弱な合図なのかは分からない。ただ、私はその瞬間を境に、変化を恐れなくなった。まだ形にならない発想も、小さな衝動も、全部無視せず拾っていくことにした。
すると次第に、日中の仕事中でも、突然「あの夜明け前の気配」の続きが降りてくる瞬間が増えてきた。他の人には説明できないし、説明する必要もない。でも、自分の中では確かにつながっている。それはアイデアの源でもあり、行動の起点でもある。まるで夜明け前の私だけが持っている特権のように感じられた。
面白いのは、その特権めいた感覚を意識し始めると、不思議と周囲の出来事にも連鎖が起こることだった。偶然のようで偶然ではないタイミングで人と出会い、予期しない話題が舞い込み、普段なら通り過ぎてしまう情報にもなぜか反応してしまう。まるで見えない扉が少しだけ開き、その向こう側から風のように知らせが流れ込んでくるようだった。
夜明け前の数分間だけ開くその扉は、何か特別なものを示しているのかもしれないし、単に自分が変化を受け入れる準備が整っただけなのかもしれない。ただ、ひとつだけ確かに言えるのは、あの静かな時間に出会った気配こそが、今の私を動かしているということだ。だからこそ私はこれからも、その扉が開く音のしない瞬間に気づき続けたいと思う。