昇段を急がない剣道の効用—— 村島弘之/剣道歴20年
昇段を急がない剣道の効用
—— 村島弘之/剣道歴20年
剣道を続けていると、
いつの間にか
「次はいつ受けるのか」
「そろそろ上がらなければ」
そんな声が、外からも内からも聞こえてくる。
昇段は、確かに一つの目標だ。
努力の結果として、
形に残るものでもある。
だが、
昇段を急ぎ始めたとき、
剣道は少しずつ
本来の姿から離れていくことがある。
昇段を急がない剣道の最大の効用は、
剣道が“目的”ではなく“道”に戻ることだ。
早く結果を出そうとすると、
剣道はどうしても近道を探し始める。
審査向けの動き。
評価されやすい打ち。
無理に作った勢い。
それらは一時的には通用しても、
長くは続かない。
昇段を急がないと決めた瞬間、
稽古の質が変わる。
一本を取ることより、
一本に至るまでの過程を見るようになる。
打てなかった時間も、
剣道として成立させようとする。
すると、
攻めが深くなり、
構えが安定し、
剣先が落ち着いてくる。
もう一つの効用は、
自分のペースを取り戻せることだ。
年齢、体力、生活環境。
剣士一人ひとり、条件は違う。
それでも段位だけを物差しにすると、
他人の時間軸で剣道をしてしまう。
昇段を急がない剣道は、
「いまの自分」に合った剣道を選ばせてくれる。
今日はここまででいい。
今日は立てただけで十分だ。
その判断ができる剣士は、
剣道から離れにくい。
さらに言えば、
昇段を急がない剣道は、
結果に振り回されない心を育てる。
合格しても浮かれすぎない。
不合格でも折れすぎない。
剣道が、
日々を整える軸として残り続ける。
皮肉なことに、
昇段を急がなくなった剣士ほど、
ある日、自然に通っていくことが多い。
それは、
段位を取りに行く剣道から、
段位にふさわしい剣道へと
静かに移行しているからだ。
昇段は、
追いかけるものではない。
整った剣道の、
あとから付いてくる印だ。
昇段を急がない剣道は、
遠回りに見えて、
もっとも確かな近道なのかもしれない。
剣道を、
長く、
深く、
人生と共に続けるために。
ときには立ち止まり、
昇段から少し距離を取る。
その選択が、
剣道を、
より強く、
より静かにしてくれる。