「伝える」を「伝わる」へ──言葉と人、そして自分と向き合ってきたこれまで
理系と音楽、そして英語。多角的な学びから始まった私の旅
高校までは数学や物理学などの理系科目を学んでいましたが、同時に国立の音楽学校に通い、音楽理論やフルート演奏にも真剣に取り組んでいました。
オーケストラ活動ではチームとして一つの作品を創り上げ、ソロ活動ではひとりで地道に練習を重ねる──その両方を大切にしてきました。
そんな中、英語の授業に物足りなさを感じて、自主的に外部の英語クラスに通い始めたのもこの時期。
先生から1か月分の宿題を一気に解いて提出し、驚かれたことは今でも忘れられません。このとき「私は本当に外国語が好きなんだ」と気づいたのです。
第一志望に届かなかった。でも「遠回り」こそが自分をつくった
大学では中国学科を志望しましたが、理系出身の私は文系より点数が劣っていて不合格に。
結果的に日本学科にギリギリで進学しました。
その学科は卒業が難しいことで有名で、途中で辞めてしまう学生も多かったのですが、私は留年せずに3年間を走り切りました。
その後、日本へのワーキングホリデーを経験し、早稲田大学の大学院へ進学。無事修了し、今は日本の大学で働いています。
↑ 雨がやっと止んだ後袴で浅草へ
指を守っていたあの頃から、今はキックボクシング
音楽学校時代は、何よりも「指」が大事でした。フルートを吹けなくなるリスクを避け、スポーツも控えていたほどです。
でも今は、まさかのキックボクシングジムに通っています(笑)。
「リーチ長いね」と言われるのがちょっと嬉しいのか、それともジムの雰囲気が心地いいのか──たぶん両方。
過去とはまったく違う角度で自分の身体と向き合うことが、今の私の元気の源になっています。
↑ 大好きなUMA先生にミットを持ってもらっている。UMA先生へ:スィッチミドルキックを諦めずに練習するように約束いたします。
今は「考える時期」。でも、つながりたいという気持ちははっきりしている
昔から自己分析が好きな私は、今も「このままでいいのか?」と自問し続けています。今はまさに、「これから何をしていきたいか」を見つめ直す時期にあります。
そんな中で強く思うのは、「もっと人とつながりたい」ということ。
人と会って、意見を交わし、ストーリーを共有し、相手が喜ぶ何かを届ける──それを自分の軸にしたいのです。
誰かの笑顔が、自分のやりがいになる
ポーランドで参加したチャリティイベントで、手作りの料理を提供したとき、目の前の人が笑顔になってくれた瞬間がありました。
その時、「ああ、人を幸せにするって、本当に嬉しいことなんだ」と心から感じました。
自分の経験を活かして、誰かの幸せや成長につながるような場があるなら、私はそこに全力で関わりたい。そんな想いを胸に、これからも人とつながりながら、心を動かす仕事に向き合っていきたいと思っています。
【まとめ】やりたいことが明確でなくても、「誰のために働きたいか」は見えてきた
キャリアの正解はまだわかりません。けれど、自分の「好き」と「得意」が誰かの役に立ち、笑顔につながるのであれば、私はその道を信じて進んでいきたい。
言葉、音楽、文化、努力、変化──すべての経験を糧に、「人と人をつなぐ」未来をつくっていきます。
↑ どんな自己分析より、メニュー表の分析が得意です(食べることが趣味なので)