デスクの上に置いていた砂時計を、ふと逆さにした。たったそれだけの動作なのに、なぜか空気が変わった気がした。いつもはただの飾りで、ひっくり返すことも忘れていたそれが、今日は妙に意味を持って見えた。
粒のような砂が落ちていく。最初はゆっくり、やがて一定のリズムで流れ続ける。時間が目に見える形で減っていくのを眺めていると、なぜだか落ち着く。ああ、これが「進む」ということなのかもしれない。
その瞬間、思った。会社の時間も同じように見えたらいいのに。何かが積み重なって、何かが落ちて、また新しいものが生まれる。人もプロジェクトも、まるで砂の流れのように変わっていく。けれど、砂時計を逆さにすれば、時間はまた始まる。ゼロに戻るわけじゃない。順番が入れ替わるだけだ。
最近、組織の中で「成果」や「スピード」ばかりが話題に上る。でも、もし砂時計のように視点を逆さにしてみたらどうだろう。落ちていく砂を「失われる時間」と見るんじゃなく、「積み重なる経験」として見てみる。そう考えると、焦りの中に少しだけ余白が生まれた。
それからというもの、私は会議のたびにノートの端に小さな砂時計の絵を描くようになった。ひっくり返す瞬間を意識するためだ。誰かの発言に違和感を覚えたら、すぐに砂時計を逆にするイメージを浮かべる。すると不思議と、言葉の流れが変わる。批判が建設的な提案に変わったり、沈黙の中に新しい視点が生まれたりする。
仕事というのは、止まらない砂時計みたいなものだ。終わりが見えると焦るけど、逆さにすればまた始められる。期限も、関係性も、プロジェクトも、一度落ちきった砂のように見えても、視点を変えれば再び流れ出す。
ある日のチームミーティングで、この話をしてみた。最初は笑われた。けれど一人が言った。「じゃあ、今日の議題も逆さにして考えてみようか」。その日から会議室の空気が少しだけ変わった。結論を先に決めるんじゃなく、問いを先に置く。正しさよりも、可能性を探す。そんな風に話す時間が増えた。
結局のところ、働くというのは「砂時計を何度ひっくり返せるか」なのかもしれない。一方向だけで生きていると、いつか底が見える。でも手のひらを返すように、世界を逆に見られる人がいれば、そこにはまだ続きがある。
最近はオフィスの棚の上に、みんなの名前を書いた砂時計を並べている。会議が終わるたびに、ひとつずつ逆さにする。それが小さな儀式になった。今日の時間はもう落ちた。でも明日の砂は、まだここにある。
私は今日も、誰かの砂時計をそっとひっくり返す。流れを止めないために。そして、止まってしまった誰かの時間を、また動かすために。
