前回は、商品も何もない状態で取った、300円の最初の契約の話を書きました。今回はその3日後から始まった、2年半の話です。
「草ベンチャー」という言葉
「草ベンチャー」という言葉をご存じでしょうか。
ビズリーチを創業した、Visional代表の南壮一郎さんがつくった言葉です。草野球のように、平日の夜と週末だけ集まって、仕事とは別に事業の立ち上げに参加する。そんな関わり方を指しています。
ビズリーチの創業初期、南さんは優秀なエンジニアの採用に苦戦していたそうです。いまの会社を辞めてベンチャーに転職してほしい、と頼んでも、なかなかうなずいてもらえない。そこで、転職ではなく「限られた時間だけ、趣味のように起業に関わってもらう」形で仲間を集めた。のちに南さんは、これを「大人のインターンシップ」とも言い換えています。
▶ 起業や転職に踏み切る前に──ビズリーチ南氏による“草ベンチャー”の勧め(ログミーBiz)
https://logmi.jp/business/articles/190919
関わる側は、会社を辞めずに事業づくりを経験できる。会社側は、人手が足りない時期を乗り切れる。そしてお互いに、一緒にやっていけるかを確かめられる。
振り返ると、僕のCourseVALUでの最初の2年半は、まさにこの「草ベンチャー」でした。
300円の契約から3日後、IBMへ
2023年4月、僕は予定どおり日本IBMに新卒で入社しました。300円の契約を取ってから、わずか3日後のことです。平日の昼間は、IBMの社員として働く。ここは、迷いなく決めていたことでした。IBMで働くことにはすごくワクワクしていたんです。
プロフィールを見ていただいたらわかりますが、色んな修行エピソードがあります(笑)
大学2,3年生時はちょうどNewsPicksやPIVOTなどビジネス系メディアが台頭して盛り上がっていた時期です。その時の僕はそのような動画が大好きで一人暮らしでご飯を食べながら毎日見ていました。だからこそ、社会に出たらこんなことができるのかというワクワクがあり、大学生で頭でっかちになっていたからこそ、社会に出て手を動かして試してみたいという気持ちが強かったのだと思います。IBMへの入社の決め手や在籍期間中の話はまた別のエピソードで書きます。
平日の夜と土日は、早稲田へ
そのうえで、平日の夜と土日は早稲田に通い、CourseVALUの仕事をしていました。当時のCourseVALUには、お金がありませんでした。だから僕は、ボランティアとして関わることを選びました。給料はもらわない。それでも、やると決めたことはやる。短い時間でやることは限られるし、時間の使い方が上手いわけではないため、かなり試行錯誤しましたし、松本含め、当時関わってくれたメンバーやインターン生には少なからず苦労をかけ、気を遣わせてしまったかもしれません。
「粛々と」が、いちばん難しい
草ベンチャーと聞くと、楽しそうな響きがあるかもしれません。でも実際の毎日は、とても地味です。仕事を終えて早稲田に向かい、目の前の作業を一つずつ片付ける。週末も同じことを繰り返す。劇的な出来事は、そう毎日は起きません。
それでも、粛々とやり続ける。振り返ると、この2年半でいちばん大事だったのは、才能でも勢いでもなく、やめずに続けたことだったと思います。
僕が誰にも負けないことは、息をするように仕事ができること、そのための体力です(笑)
2つの現場を、同時に見られた
平日は大きな会社の仕事の進め方を学び、夜と週末はゼロから事業をつくる現場に立つ。この2つを同時に経験できたことは、いま振り返るととても大きな財産です。大きな組織で求められる品質や段取りと、何もないところから形にしていくスピード感。その両方を知っていることが、COOとして会社を回すうえでの土台になっています。
関わり方は、ひとつじゃない
いきなり起業する。大学を休んで、何かに全部を賭ける。挑戦の形は、それだけではありません。限られた時間からでも、事業の立ち上げには関われます。僕自身が、その道を通ってきました。
いまCourseVALUで一緒に働いている学生インターンの多くも、授業やサークルと両立しながら、週に限られた時間で事業の現場に立っています。もちろん、いまはボランティアではなく、有給で働いてもらっています。あの頃の僕たちには用意できなかったものを、少しずつ用意できるようになりました。次回は、この草ベンチャー時代にやっていた、いちばん地味な仕事の話です。学生に成績表を出してもらい、手作業で文字起こしをしていた日々について書きます。