「眠くなってきた」
洋ちゃんは、車の後部座席で、見慣れた景色も遠のいてしまったので、何もすることもなく暇を持て余していた。
「もうそろそろ着くぞ」
運転しているお父さんが、バックミラー越しに後ろの洋ちゃんに言った。
「ほら、もうあそこだ」
お父さんは、新杉田駅の少し先の道路を左折すると、正面突き当りを見ながら声をかけた。
「え、どこ?」
洋ちゃんは、身を乗り出して前方を確認した。
正面突き当りの建物には、大きな看板がぶら下がっており、そこにはYAMAHA特約店とボート販売の大きな文字が掲載されていた。
「横浜マリーナ」
洋ちゃんは、看板のお見えの名前を読んでいた。
「ヨット教室のマリーナと同じ横浜マリーナって名前なんだ」
「そうだな、横浜に在るマリーナなんだから、どこも皆、横浜マリーナって名前にしたいんだろうな」
お父さんは、洋ちゃんに答えた。
横浜市内には、横浜マリーナという名称のマリーナは結構多い。横浜ベイサイドマリーナだって間にベイサイドと入れているだけで、横浜マリーナだ。
どこも皆、ほぼ同じような横浜マリーナという名前なのだが、ベイサイドみたく少しニュアンスを変えることで、どこも差別化を計っていた。
新杉田の横浜マリーナは、建物の正面に駐車場があって、そこに車で来店した人の車を停められるようになっていた。建物の2階には、レストランもついており、レストランに食事しに来た人も、こちらの駐車場に車を停めているようだった。
「ちょっと待っていなさい」
お父さんは、1人で車を降りると、店内に入って中の店員さんと話していた。
「船を海に下ろせるよ」
お父さんは、車に戻ってくると、後ろの洋ちゃんにも伝えてから、車を一旦駐車場から出して、建物の脇に付いているゲートから中へ入った。ゲートの扉は、普段は閉まっているようだったが、お父さんが船を海に下ろすために、お店の人が開けてくれたようだった。
「なんか背徳感」
洋ちゃんは、車がゲートを通り抜けて中に入ってから、後ろを振り向くと、一旦開かれていた扉がまた湿られてしまっていたのを見て呟いた。
「あら、あなた背徳感なんて言葉をどこで覚えたの」
「なんか現国の先生が授業で話していたような・・」
洋ちゃんは、お母さんに答えた。
「ちゃんと授業を聞いていたんだ、偉いじゃないの」
お母さんに褒められて、嬉しそうにしていた洋ちゃんだった。
これが、普段から遊びだけでなく、ちゃんと勉強にも身が入っている松田や健ちゃんだったら、そんなの当たり前だからと褒められることもなかったであろう。
「まさに背徳感」
洋ちゃんは、お母さんに褒められる気持ちの良さを味わっていた。
主な著作「クルージングヨット教室物語」「ジュニアヨット教室物語」「プリンセスゆみの世界巡航記」「ニューヨーク恋物語」など
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