「お風呂に行ってくるよ」
夕食後、アクエリアスのメンバーは立ち上がると、自分たちの船からタオルや着替えなど入浴のセットを持って、またアクエリアスの中から表に出てきた。
「あ、お風呂に行きますか?」
隆は、中村さんに聞いた。
「おーい、お風呂に行くってよ」
夕食後、ブルーシートの上でのんびりお喋りしていたラッコのメンバーたちに声をかけた。
「お風呂って、どこにあるの?」
「そこのバス停の前の細い道を上がって行ったところに、大きなホテルというか郵便局のかんぽの宿泊施設があるんだ。そこで入浴だけさせてもらうことも出来るんだ」
隆が指差したバス停の先には、上に上っていく山道が伸びていた。
「今日は、もうあの道を歩く気力がないかな」
「確かに、昨夜もそんなに寝れてないから、早く寝たいよ」
ウォッチで一番先に寝ていた麻美子が、瑠璃子に同調していた。
「お風呂に入らないで寝るの?」
隆は、1人でお風呂の準備しにラッコのキャビンの中に入りながら、皆に質問した。
「私は、お風呂に入ってこようかな」
陽子も立ち上がって、隆を追いかけて、ラッコのキャビンの中へ入った。それを見て、一番若い香代も一緒にお風呂へ行こうかなと立ち上がりかけたが、麻美子がぜんぜん立ち上がる気配がないので、自分もまたブルーシートに座り直した。
隆と陽子が、バスタオルなど入浴セットを持って、ラッコから出て来ると、アクエリアスのメンバーたちと一緒にバス停の奥の山道からお風呂に向かった。
「みんなは、お風呂行かないで、そのまま就寝な」
隆は、後ろを振り向いて、麻美子たち待機組に声をかけた。
「香代ちゃん、お風呂入りたければ、隆と一緒に行って来ても良いのよ」
麻美子に家荒れたが、香代は首を横に振って、麻美子の腕を掴んで、残っているとジェスチャーした。
隆と陽子は、アクエリアスのメンバーと共に、山道を少し上がっていくと、すぐに開けた舗装した道路に出てしまった。その舗装された道路の先に「かんぽの宿」は在った。
「なんだ。すぐ近くなんじゃないの」
「近くだよ、もっと遠いと思ってたのか」
「このぐらいの距離だったら、皆も一緒に来れば良かったのにね」
陽子は、隆に言った。
かんぽの宿の受付で、入浴の手続きをすると、ロビーの奥にある階段を下って、お風呂場に向かった。
「ここって大島の温泉なの?」
「ここは温泉ではない沸かしだけど、広々していた良いお風呂だよ」
隆は、男湯の方に入りながら答えた。陽子は、奥の女湯と書かれた扉の方へ入った。隆は、男性クルーの多いアクエリアスのメンバーたちと一緒に入浴だったが、陽子は女湯に1人だけだった。
「アクエリアスは、女性クルーはいなかったんですか?」
「生徒さんで1人いるけど、今回のクルージングには参加しなかった」
中村さんは、隆に答えた。
「良いお湯だった」
他のお客さんはいたが、知り合いは誰もいなかった女湯の中でお風呂を楽しんで来た陽子は、ロビーの待合室で、風呂上がりの牛乳を飲んでいた隆のところに戻って来た。
「温泉じゃなく沸かしだったろう」
「うん。でも広くて気持ちいいお風呂だったよ。女湯は、数人しか入っている人いなかったし」
陽子は、隆に返事した。
「明日、レンタカーを予約してあるから、島の中央辺りまで行って本当の温泉に入ろう」
「温泉なんてあるんだ」
「あるよ。何年か前に三原山って大島の火山が噴火したことあっただろう」
「ああー、三原山の温泉なんだ」
陽子は、隆に頷いた。
それから、アクエリアスのメンバーたちと共に、来た時の山道を下って、港の船まで戻った。バス停の前まで戻ると、船の前に敷いてあったブルーシートはもう片付けられてしまっていて、ラッコのメンバーたちは皆、キャビンの中に入ってしまっているようだった。
ラッコのキャビンの電気が点いていた。
アクエリアスの人たちとは別れ、アクエリアスのメンバーたちはアクエリアスの中に、隆たちはラッコのキャビンの中へと入った。
「お帰り」
2人がキャビンの中に入ると、麻美子が声をかけてくれた。隆は、キャビンの中で、まだお喋りの続き、宴会でもしているのかと思ったら、皆は既にベッドに入っていた。
ラッコのメンバーの中で一番背の高い雪が、船の最先端にあるフォアキャビンのVバースで寝ていた。その手前のギャレー前にあるダイニングスペースのコの字型ソファはダブルバースに変換されていて、瑠璃子が奥側に眠っていた。
「陽子ちゃん、ここで瑠璃子ちゃんと一緒でもいい?」
陽子は、麻美子に言われ、頷いて瑠璃子の横、手前側の寝床についた。
「隆は、私たちと一緒に一番後ろね」
麻美子は、隆を船の最後部、アフトキャビンに連れていった。
「もう香代ちゃんが寝ているじゃん」
アフトキャビンの広めのダブルバース中央に既に寝ている香代を見て、隆は答えた。
「香代ちゃん小さいもん。3人で並んで寝れるでしょう」
麻美子は、真ん中で寝ている香代のことを跨ぐと、一番奥の壁側へ入って、そこで横になった。隆は、一番手前のところに横になった。
「なんだか親子みたいだな」
麻美子は、ラッコのメンバーの中では雪に次いで二番目に背が高かった。隆は、それほど背が高いわけではないが、ラッコのメンバーの中では唯一の男性で、三番目には背も高かった。香代は、ラッコのメンバーの中では一番背も低いし、体つきも小さいチビだった。
「確かに、まだ幼い子が出来たばかりの若夫婦みたいよね」
麻美子は、自分たちが3人で川の字に寝ているのを見て、呟いた。
「麻美子と夫婦って・・」
「なに吹き出しているのよ」
麻美子は、思わず苦笑しながら吹き出している隆の顔をチラッと見つつ睨んでいた。