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クルージングヨット教室物語14

Photo by Buddy Photo on Unsplash

結局、クラブレースのラッコは、後ろに中村さんのアクエリアス、ラッコと同じパイロットハウスの付いた重たいクルージング艇を1艇従えての堂々と最後尾でゴールすることとなった。

まだ、ラッコは一番先にある赤ブイまでも到達していないというのに、一番先頭を走っていたウララは、既に赤ブイを回ってUターンして、復路のコースをゴールへ向かって走って戻ってきていた。

もうとっくの昔に、クラブレースの順位など諦めているラッコのデッキ上では、ピクニックテーブルを広げて、麻美子の作ってきたサンドウィッチをお皿にだし、ランチパーティーの真っ最中だった。

「お帰りなさい!」

隆たちラッコのクルーたちは、復路のコースを戻ってくるところとすれ違ったウララのクルーたちに、サンドウィッチ片手に笑顔で手を大きく振って挨拶していた。

ウララのクルーたちは、まだクラブレースの真っ最中で、お昼ごはんのサンドウィッチどころではなかった。ウインチにジブシートなどを巻きつけて、ウインチハンドルを回して引っ張ったり出したりとセイルトリムに大忙しだった。

ようやく赤ブイに到達して、ブイを回りUターンして復路に入ったラッコがゴールへ向けて走っていると、ゴールラインで待っていた地井さんのモーターボートからラッコのところにも「フォーーーン」と微かにホーンの鳴る音が聞こえてきた。

「お、ウララがゴールしたな」

隆は、ラッコのステアリングを握りながら、聞こえてきたホーンの音に反応した。

「あらら、なんかスピンが絡まっているよ」

ゴールとは反対方向の後ろを眺めていた麻美子が指差しながら叫んだ。

スピンとは、追い風の際に上げてヨットを走らせるセイルのことで、正確にはスピンネーカーと呼ばれるふっくらと丸い形をしたセイルのことだった。

ヨットのセイルは、メインセイルもジブセイルも基本的に白色のものが多いのだが、スピンネーカーのセイルだけは赤やら青やら何色もの色でカラフルに彩っているセイルが多かった。

レース後半、帰りのコースは、風向き的に追っ手、船の後ろから吹いてくる風だったため、中村さんのアクエリアスではスピンネーカーを上げたのだろうが、スピンネーカーがジブセイルのシートと絡んでしまったらしく、ジブセイルとスピンネーカーのセイルが絡まりあってしまっていた。

「助けに行ってあげないの?」

「自分たちでなんとかするどろうよ」

隆は麻美子に答えた。

麻美子は、ずっと絡まったままのアクエリアスのセイルを心配そうに眺めていた。アクエリアスの中村さんとも、冬の間、隆と2人だけで乗っていた時に、何回か沖合いで会ったことがあった。東京で歯医者さんを営んでいる先生で、ヨットでも、麻美子が舫いロープを結べずにいた時に、いつも手助けしてくれるとても優しい良いおじさんだった。

「ね、助けに行って上げようよ」

後ろを気にして、ずっとアクエリアスの様子を眺めていた麻美子だったが、絡まり合ってしまっていたアクエリアスのセイルは、一向に外れず絡まったままの状態だった。

隆は、後ろのアクエリアスのことは、ぜんぜん気にせずにラッコを前方へと走らせていた。

「隆、助けに行って上げようよ!」

まったく後ろのアクエリアスのことなど気にもせずに、自分のラッコがレースでゴールする事だけ考えて前方へ走らせている隆の姿を見た麻美子は、なんか隆が冷たい奴に見えてしまい、思わず声が大きくなってしまっていた。

「いや、アクエリアスは大丈夫だと思うぞ」

隆は、麻美子に言われて、後ろをチラッと振り向きながら返事した。中村さんのアクエリアスは、隆が、いま乗っているこのラッコのヨットを買う前まで、ずっとクルーとして乗っていたヨットだった。

あともう少しで目の前の黄色ブイを回れるし、そこを回ったら、もうゴールも目前だし、このままアクエリアスの事は、ほっておいてゴールしてしまおうかと考えていた。

しかし、チラッと麻美子の方へ目を向けると、麻美子の目が、後ろで困っている艇がいるというのに、あんたは、ほったらかしにしてゴールを目指すのかというきつい目をして睨んでいるように見えた。

「ちょっとUターン、タックして様子を確認してくるか」

隆は、すぐ側にいた陽子に言うと、陽子は左側のウインチにジブシートをセットして、隆の方向転換に合わせて、ジブセイルの位置を右から左に入れ替えた。

ラッコは、ゴールとは反対方向のアクエリアスに向けて走り始めた。

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