クルージングヨット教室物語9
Photo by Yamato Yamaguchi on Unsplash
「永田瑠璃子さん、柏木雪さん、中村陽子さん、鈴木香代さん」
麻美子は、クラブハウスで先生から受け取った資料を確認しながら、ラッコのヨットに振り分けられた生徒さんたちの顔を確認した。みな女性ばかりだった。
「これじゃ、隆が困らないかな」
と麻美子は感じていた。
隆は、毎週自分と一緒にヨットへ乗ってくれるクルーを求めて、クルージングヨット教室の生徒さんたちを自分のヨットに受け入れることにしたのだった。一緒に乗ってくれるということは、セイルを上げたり下げたりする際、一緒にヨットを奏薦してくれる人を求めているはずだ。
セイルを上げたり下げたりするのに、女の子ばかりだなんて。
「私が、隆に変わって生徒さんのお迎えに来てしまったからかな」
と麻美子は反省していたが、実はそうではなかった。
ヨット教室の生徒さんの振り分けは、麻美子が迎えにくる以前から既にマリーナのスタッフ間で決められていて、クルージングヨット教室の生徒さんたちは、もともと7:3で女性の数の方が多いのだった。ウララのようなレース艇たちに若い男性生徒さんたちを先行して振り分けしてしまうと、もうあと残りは女性しか残らないのだった。
なので、必然的にラッコへの振り分けは女性ばかりになってしまっていた。
「それじゃ、これから、うちのヨットをご案内しますね」
麻美子は、生徒たちに言うと、ラッコの船体にキャタツをしっかり掛け直した。
隆のヨットは、横浜のマリーナ海上に係留されて保管されているわけではなかった。横浜のマリーナ内の敷地に船台というヨットの船体を上に載せて保管しておける台車があって、その台車の上にラッコのヨットを載せて陸上で保管されていた。
なので、陸上で保管されているときは、ヨットの船体に長いキャタツを立てかけて、キャタツを登って船体のデッキ上に乗り降りしているのだった。
「スカートじゃ上がれないものね。私と一緒に下でお話ししていようか」
生徒の永田瑠璃子は、その日はパンツでなくてオーバーオールタイプのジャンパースカートを着ていた。それを見て、麻美子は、永田瑠璃子にそう伝えようとしていたのだったが、その前に、永田瑠璃子は既にスカートをくるっと畳むと、上手にキャタツをよじ登ってデッキ上に上がってしまっていた。
「うわ、さすが若い子は身体が柔らかくて機敏ね」
麻美子は、スルスルとロングスカートでキャタツをよじ登ってしまった永田瑠璃子の姿を見て呟やいていた。むしろ、キャタツの上り下りで苦労していたのは、自分と同年代ぐらいの柏木雪だった。
柏木雪は、スカートではなくパンツを履いていたのだったが、うまくキャタツを登れずに、麻美子が下でずっとしっかりキャタツを抑えておいてあげて、ようやく上まで登れたのだった。
「中に作業着姿の汚いおっさんがいるけど、オーナーだから驚かなくて大丈夫よ」
麻美子は、自分も一番最後にキャタツをよじ登ってデッキまで上がると、デッキ上にいる皆に声をかけていた。麻美子も、初めてこのキャタツを登ってヨットに上がったときは、上手く上までよじ登れずにいたけど、今は流石にスルスルと上がれるようになっていた。
「そのドアを開けて、中へどうぞ」
麻美子は、一番ドアに近いところに立っていた中村陽子に声をかけると、中村陽子はドアを開けて、ヨットのキャビンの中へ入った。
「いっらしゃい」
メインサロンの床板を開けて、中に入っているエンジンの整備をしていた隆が顔をあげて答えた。
「生徒さんたち皆、若くてかわいい女の子ばかりよ」
麻美子は、隆が喜ぶかなと思いながらそう伝えたが、隆は別にそうでもなかった。横浜のマリーナでのクルージングヨット教室は、いつも毎年春から秋にかけて開催されていて、いつも生徒の比率は女性より男性の方が多いから、男性生徒はレース艇に振り分けられてしまい、隆たちのようなクルージング専門のクルージング艇には女性しか振り分けれなくなってしまうのも定番になっていた。
「皆、その辺のソファに座って寛いでいてね。いま、お茶を淹れるから」
皆は、パイロットハウス前方の一段下がったところにあるダイニングのソファに腰掛けた。麻美子は、その手前にあるキッチンでお湯を沸かして、紅茶とちょっとしたお菓子の準備を始めた。
「お手伝いします」
永田瑠璃子と中村陽子が率先して、お茶の準備をしている麻美子の側にいくと手伝い始めた。