はじめに
大学2年生の頃、大分県中津市山国町で地域と外部の結節点となる拠点づくりを目にする機会があった。
その光景に刺激を受け、自分が暮らす地域を見渡したとき、ある違和感を覚えた。子ども食堂や高齢者の自治会、大学生の活動など、各世代のコミュニティは存在しているのに、中学生や高校生が日常的に立ち寄り、少し先を歩く大人や大学生と交われる居場所がぽっかりと抜け落ちていた。
自分自身、中高生時代に親や教師以外の斜めの関係に救われ、進路の視野を広げてもらった原体験がある。同じように、次の世代の選択肢を広げられる第三の居場所を地域に作りたいと考え、プロジェクトを立ち上げた。
1. 現場のヒアリングと、参加者ゼロという手痛い失敗
まずは地域の遊休資源を活用しようと、元精肉店の空き店舗を交流スペースにできないか家主と交渉したり、温泉施設のフリースペースを借りて活動をスタートさせた。
地域内の飲食店から廃棄予定だった珈琲豆を譲り受け、温泉のロビーでフリーコーヒーを振る舞いながら住民へのヒアリングを重ねた。大学生と地域住民が自然と会話を交わす温かい空間が生まれ、世代間交流の必要性には確かな手応えを感じていた。
しかし、その勢いで夏休みに温泉施設で開催した中学生向けの勉強会は、参加者ゼロという厳しい現実に直面した。
どれだけこちらが良い企画だと信じていても、中高生から見れば見ず知らずの大学生が運営する場所に足を運ぶハードルは極めて高い。信頼関係も導線もないまま、ただ場所を用意して待つだけだった自分たちのターゲット視点の甘さを痛感した。
2. 待つ姿勢を捨て、中学校現場への直談判と軌道修正
場所を用意して呼ぶのではなく、彼らが日常を過ごす現場へ自分たちから飛び込むしかない。
私はアプローチを根本から切り替え、地域の中学校へ直接赴き、校長先生に活動の趣旨と問題意識を伝えて協力を仰いだ。学校側の理解と後押しを得て全校生徒へ案内を届けてもらい、定期テスト前の放課後、学校の空き教室を活用した学習支援兼交流スペースを定期開催するスキームへと舵を切った。
テスト対策という明確なメリットを入り口にしつつ、休憩時間や勉強の合間に大学生と雑談や進路の悩みをフラットに話せる場を設計した。
回を重ねるごとに生徒や教員からの信頼も深まり、ある生徒からは、初めて大学に行きたいと思って勉強を頑張ろうと思えたという言葉を聞くことができた。形としての拠点にこだわるのではなく、関係性としての居場所を作ることの意味を実感した瞬間だった。
3. 直面した「ボランティアの持続不可能性」という壁
一方で、この活動を通じて最も深く考えさせられたのは、善意や熱量だけに頼るプロジェクトの限界だった。
生徒や学校側からは強く求められていたものの、活動自体は完全な無償ボランティアだった。企画や運営に関わる大学生側の移動費や時間的拘束に対する対価が発生しないため、メンバーのモチベーションやリソースを長期的に維持するための仕組みが脆弱だった。
公教育や地域貢献の文脈であっても、関わる人間が持続的に価値を提供し続けるためには、熱意を支える適切な経済循環や事業モデルの設計が不可欠であると痛感した。
おわりに
机上の企画が現場のリアリティに跳ね返された経験、ゼロから関係者と交渉して仕組みを組み替えたプロセス、そしてボランティアの限界から痛感したビジネス構造の重要性。
相手の生活動線に徹底的に寄り添うことと、社会的な意義を持続可能な仕組み(収支)として成立させること。この居場所づくりの試行錯誤は、自分が事業や組織の設計に向き合う上での重要な原体験となっている。