はじめに
NZでの2ヶ月間を経て、私は計画を守ることよりも、現実に合わせて計画そのものを更新する重要性を学んだ。
帰国後、次なる実践の場として向かったのは岡山の限界集落だった。棚田の稲作を手伝い、古民家で暮らす中で強く感じたのは、雇われて給料をもらうだけでなく、小さくても自分の手で仕事とお金を回す感覚を掴みたいという思いだった。集落には移住者も多く、皆それぞれ自分の仕事を持っていたことも大きな刺激になった。
そこで挑戦したのが、ゴールデンウィークのキャンプ場の一角を借りて開く、移動式書店の立ち上げだった。
なぜ書店だったのか
選んだ理由は極めてシンプルだ。
- 本と本屋が好きだったこと
- 撤退コストが低く、小資本で始められること
- 仕入れ、値付け、集客、販売までを一人で完結できる最小単位のビジネスモデルだったこと
- 在庫に消費期限がないこと
大学でサステナビリティや地域再生を学んできたからこそ、机上の空論で終わらせず、自分のお金で仕入れて現場の顧客に届けるという手触り感を経験したかった。
直面した2つの壁:薄利の現実とオペレーションの誤算
実際に本を仕入れ始めると、事業としての構造的な課題が浮き彫りになった。
1. 薄利多売の壁
本は定価が決まっており、通常の仕入れでは利益率が極めて低い。また大手のチェーン店のような信用もないため、すべて買い切りで仕入れる必要がある。
書店は規模がものを言う商売だ。規模が極端に小さい個人が勝負するには、ただ本を並べるのではなく、どんな本を誰に向けて売るかという選書と差別化が不可欠だった。大手取次が扱っていない書籍を探し、出版社へ個別に直接連絡を取って仕入れ交渉を進めた。
2. トラブルと想定外のオペレーション
どれだけ選書にこだわっても、人口規模が極端に少ない集落では、本という単体商品を売るだけでは商売として成立しにくい。そこで、モノを売る発想から、体験を売る発想へと構造を切り替えることにした。
ターゲットはキャンプ場を訪れる客層だ。キャンプ場での滞在価値をさらに高める提案として、ソロキャンパーに向けて本と珈琲のセットを販売し、本と珈琲を静かに楽しむ時間そのものを売るモデルを設計した。友人の焙煎所から珈琲豆を手配し、現場ですぐに抽出できるよう挽き豆と個包装パックを別ルートで仕入れた。
しかしここで、配送遅延というアクシデントが発生する。肝心の珈琲豆がゴールデンウィークの出店期間中に届かず、準備していたセット販売が実行できなくなった。現場では、自分のコントロールが及ばない事態が当たり前に起こる。サプライチェーンの脆弱さや、オペレーション設計の甘さを身をもって痛感した瞬間だった。
現場での泥臭い試行錯誤
珈琲のセット販売が間に合わない以上、現場でできる泥臭い改善をやり切るしかなかった。
- 書籍の平積み・面陳列のバランスや視線誘導の変更
- 遠くからでも立ち寄りたくなる手書き看板の設置
- キャンプ場内におけるブースの設置場所の微調整
- 通りかかる顧客の滞在時間や視線を観察し、声をかける間合いの工夫
出店自体はゴールデンウィークを中心とした短期間の挑戦だった。しかし、自分のお金でリスクを取って仕入れ、想定外のトラブルに直面し、現場の反応を見ながらその場でやり方を修正し続けるという、商売の最も根底にあるサイクルを体感できた。
この経験が教えてくれたこと
机の上で事業計画書を眺めているだけでは、本が売れない本当の理由も、物流の遅延がもたらす致命的なリスクも分からない。
- 現場に出て初めて見えてくる構造的な課題があること
- 計画が崩れたときに、どれだけ早く頭を切り替えて次の手を打てるか
NZでの決断と同様、この移動式書店の失敗と試行錯誤も、私にとっては現実のフィードバックを受け止めて即座に軌道修正する力を鍛える確かなステップとなった。