私がやってきたこと
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ストーリー、そんなに意味ないだろうけど、自分の気持ちを書きたいと思って始めた。
意外と見てくださっていることに気づいて驚いた。
あれ・・・自分のやってきたこと全く書いてないな。
と思いこのストーリーを書くことに決めた。
元々バレエ、ダンスをやっていたことから「ないかを表現すること」がとても好き。
テアトルアカデミーが札幌にできたとしり、高校2年生の時に応募、オーディションを受けいざレッスンへ。
今まで経験したことない演技のレッスンに歌のレッスン、週に一回、金曜日の夜に夜行バスに乗り北見から札幌へ通った。
レッスン後はまた夜行バス。
今考えたら腰が死ぬ。(ヘルニアのため)
でも刺激が楽しくて、夢に向かってる気がして、とっても有意義な時間だった。
平日は学校が終わったらバイト、2個掛け持ちしてレッスン代や往復バス費用を稼ぎ、金曜日になると札幌へ。
修学旅行も行かなかった。
そんな高校生活が終わりいざ札幌へ。
コールセンターで働きながら芝居をする毎日。
正直、東京行ってたら世界は変わったと思う。
札幌でテレビに出たいという夢が叶うはずもなかった。
そんな生活を送ってる中、「広告がうざい」と当時話題になっていたTikTokを始めた。
今までSNSを活用してきていなかった自分にとってはとても新鮮で、投稿するたびに増えるフォロワーに喜びを感じていた。
そんな中、当時働いていた職場を理不尽に辞めさせられた。
夜中まで残って上司の仕事をしていたのに、息が合わなかったのかもしれない。
自分のストレス発散と、世の中の社会人ってみんなこうなの?という気持ちから「女上司ネタ」を投稿し始めた。
すると共感を生み、初めてバズった。
そこから、女の子あるある、女上司ネタなどを中心に毎日投稿した。
1ヶ月で10万以上フォロワーが増えた。
そしてある事務所から声がかかった。
それがPPPスタジオだ。
当時のマネージャーさんからお声がけいただき、私は「何でもいいので働かせてください!」と千と千尋ばりに懇願。
そして株式会社TORIHADAでお仕事をするように。
初めてのPC作業、パワポ、Googleの活用。
全てが初めて。
当時の上司はとても親切に教えてくれて、先輩もとても親切だった。
そこからSNSのプランナーとして仕事をしていくことになった。
最初は資料を全く作れなかったし、提案もできなかった。
何もできなかった。
でもバイトダンスと協働でお仕事をすることになった時、その上司・チームが最高で、つきっきりで教えてもらったり、自分で考えることを教わった。
私のプランニングはこの時間がなかったら何も成長していないと思う。
今があるのはこの時間のおかげ。
産休育休に入った後は会社が変わった。
この空白期間は語りきれない。
今私は、うつ病とナルコレプシーという病気と向き合いながら生活している。
子供がいる中での働き方を尊重されない、自分のやってきたことを否定される、そんなことがあったから今自分は必死に自分と合う働き方や人を探している。
こんな自分でも居場所はあるんじゃないか、そう思いながら。