インタビュー/KDDI Research Atelier
言語を超えたコミュニケーションで人生をより豊かに 古山正裕
ヘルプユープロジェクト代表 古山正裕
2023.02.28 (TUE)
2021年より始動した「FUTURE GATEWAY」は、KDDI総合研究所がこれまで培ってきた先端技術を生かしながら、先進的なライフスタイルを実践する人々と共に、これからのスタンダードをつくっていくための共創イニシアチブです。当シリーズ[MY PERSPECTIVE]では、あらゆる分野で未来をつくる活動をしているFUTURE GATEWAYに集うメンバーと一緒に理想の未来について考えていきたいと思います。
今回登場するのは、学生時代の留学生寮での経験をもとに、言語を超えるコミュニケーションのあり方を模索するt'runnerの古山正裕。言葉で伝えるのが難しい五感を言語以外の方法を用いて表現することなどに取り組む彼が考える越境テーマと、目指す未来について聞きました。
学生時代の留学生寮での経験がきっかけに
FG:
まずは、古山さんのこれまでについて教えていただけますか。
古山:
千葉県で生まれて、自然豊かな環境で育ちました。教員一家だったことと、中学校の理科の先生がとても面白かったこともあり、理科の先生になりたいと思っていたんです。親元を離れ新潟県の大学へ進学し、理学部で主に生物の遺伝について学びました。そのまま大学院へと進学し、新潟で6年間の学生生活を送ることになりました。
あるとき、学内のニュースレターで留学生寮のコミュニティマネージャーを募集していることを知りました。海外旅行や留学をしていたこともあって興味を持ち、そこで留学生のサポートをすることになったんです。120人くらいの留学生それぞれの勉強の相談に乗ったり、生活支援をしたり、お互いの言語について学び合ったりする楽しい日々でした。
FG:
それが現在につながってくるわけですね。
古山:
はい。今の活動につながる大きなきっかけになっています。というのも、寮にいると「病気になったらどうすればいいか」ということをよく聞かれたんです。たとえば、台湾からきた女の子が「矯正歯科に行きたいが、情報がない」と言っていることがあって、たしかに病院自体は検索すれば出てくるのですが、外国語での対応をやっているのかどうかがわかりません。日本語がわからない留学生がこういう情報を得られるサイトがないことを疑問に思って、大学院生のときに立ち上げたのが、ヘルプユープロジェクトです。
最初は一人で病院に電話をしたり封書を送ったりして、外国語での対応可否やサイトへの掲載の許可取りを続けました。少しずつ情報を集めて、多国籍クリニック検索アプリをつくったんです。はじめは大学の周辺からスタートして、新潟県全域にエリアを広げていきました。
FG:
卒業後もそのままプロジェクトを大きくしていく計画でしたか?
古山:
そうですね。本当はプロジェクトを大きくしていくつもりでしたが、収益モデルに悩んだことと、今後のサービス拡大のためにもセールスなどのスキルを身につけたい思いもあって、一度就職することにしました。そうはいっても、プロジェクトも道なかば。新潟県で始めたサービスをやりきるためにも新潟県内で就職先を探して、ご縁があった建築設計事務所でセールスとして働くことになりました。最初はいわゆるアナログ営業をやっていましたが、いまは社長直下でインサイドセールスを担当しています。現在も自分のプロジェクトを続けながら、普段は会社員をやっているんです。
FG:
現在の拠点である柏へはどのような経緯で?
古山:
新潟でのプロジェクトがある程度形になってきたタイミングで、拠点を関東にも広げたいと思いました。それで会社にお願いをして、会社のもう一つの拠点である千葉県柏市に異動させていただきました。実家は千葉の外房ですが、柏へ来たのはこのときがはじめてです。私が今住んでいる「柏の葉」は時間の流れがゆったりしていて、治安もいいし、とても住みやすい街だと思います。
言語を超えたコミュニケーションを育てていく
古山正裕(ふるやま・まさひろ) / ヘルプユープロジェクト代表。1991年千葉県長南町生まれ。学生時代の留学生寮コミュニティの運営に携わったことがきっかけで『多国籍医療』をテーマとした「HELP YOU PROJECT(ヘルプユープロジェクト)」を立ち上げ、コミュニケーション設計やアプリ開発、共創プロジェクトに取り組む。普段は会社員として、事業会社でインサイドセールスに携わる。
FG:
社会人になってからもプロジェクトは継続してきたわけですが、近年はどのような活動を?
古山:
アプリに加えて、意思疎通の手助けとなるコミュニケーションブックを本格的につくり始めました。もともと私はコーディングもデザインも専門ではないので、社会人になってからメンバーを増やして規模を拡大してきました。クリエイティブ・ディレクターやグラフィックデザイナー、イラストレーター、翻訳家のような専門的な方々に加えて、医学の監修をしてくださる大学の学長なども参加してくださり、今は常時6人のメンバーでプロジェクトを進めています。普段働いている会社にも理解をしていただいているので、うまく頭を切り替えながら両方の仕事を続けています。
FG:
サービス拠点も広げていくのでしょうか?
古山:
そうですね。今後も拠点を広げていきたいです。現在も静岡県浜松市の方からお声がけをいただき、助成金などを活用しながら、多国籍クリニック検索アプリのエリア拡大に向けて一緒に取り組んでいるところです。今拠点にしている柏市でもサービスを展開したいですし、東京23区のような人口の多いところでもチャレンジしてみたいですね。ただ、一つずつの地域で病院との連携が必要なので、簡単に広げていけるものでもなくて、その点は難しいところです。
FG:
プロジェクトを続ける中での気づきはありましたか?
古山:
相手が外国人だという理由だけで抵抗感を抱く病院関係者も多く、患者が日本語を話せても病院として受け入れを進んで行わないこともあります。アナログ営業をするなかで、外国人患者の受け入れはするものの、ウェブアプリへの掲載は控えたいという声もありました。新潟で調査をしたところ、外国人を受け入れて、かつアプリに掲載可能な病院は全体の約15%だったんです。その背景には、通常と比べてどうしても診察に時間がかかってしまうという理由があるようです。そこには単なる言語の壁だけではなくて、もっと大きな文化的な側面もあると感じました。だからこそ、言語的なコミュニケーションをサポートするのはもちろん、文化的な側面へのアプローチも増やしていきたいなと。最近ではジェンダーや国籍をテーマにした対話のための場づくりにも興味があります。
五感の非言語化で人生をもっと豊かに
FG:
FUTURE GATEWAYに参加をすることになったきっかけは?
古山:
もともと知り合いだった加藤翼さんがTwitterでt'runner(ランナー:FUTURE GATEWAYのコミュニティメンバーの呼称)募集の投稿をしていたのをきっかけに応募しました。自分のプロジェクトとして取り組んでいるのは主に医療のフィールドですが、それ以外の場面も含めて言語が足枷になる世界をなくしていきたい。言語にとらわれない視覚や聴覚、触覚の感覚コミュニケーションを軸にプロジェクトに取り組みたいと考えました。そんな非言語アプローチが私の越境テーマにもなっています。
FG:
「ことばのほぐし」というプロジェクトを始めました。ご自身の活動が根底にあると思うのですが、ここではどのようなことを考えていますか。
古山:
病院でのコミュニケーションの難しさの一つに、感覚の言語化があります。たとえば「どのように痛いのか」と聞かれて、「ズキズキ」みたいなオノマトペを伝えることは簡単ではありません。これまでコミュニケーションブックでもこうした感覚の図示による非言語コミュニケーションに取り組んできたのですが、それをいろんなジャンルでチャレンジしてみたいです。料理においても、たとえば、カレーの味を表現するシーン。おいしい味を表現するのは簡単ではないですよね。他にも、映画を見たときの感情の伝え方。生地の手触り感。五感にまつわる表現上の問題は、言語にかかわらず発生すると思うんです。こうした表現力を一般化することで、言語が違っても意思疎通できるような環境をつくっていきたい。五感の非言語化によって、あらゆる人の人生をもっと豊かにしていきたいと思います。
FG:
具体的にはどのようなことをする予定ですか。
古山:
まずは普段から表現に取り組むクリエイターの方をお呼びしたワークショップを実施し、非言語での表現の仕方を学ぶと同時に、その表現に至ったプロセスを一般化していきたいと思います。今回のワークショップでは、味覚・触覚・聴覚の三種類でクリエイターの方にアウトプットしていただきました。過去の体験を音色(音符)として書き出す、シャキシャキの多さ・少なさといった食感の分析や酸っぱさの程度といった味覚の数値化を行う、「美味しい」「不味い」といった感覚を記号や数値で表現するなど、皆さんのアウトプットの仕方がバラエティに富んでいて面白かったですね。
FG:
ワークショップではどのような気づきがありましたか?
古山:
今後こうした手法を一般化するにあたって、個性でもあるアウトプットの仕方に制限をかけないようにしたいと、あらためて思いました。一般化できていないのは、アウトプットの仕方が分からない、日常的に表現する機会・場がないことが要因だと実感しました。そこで、たとえば街歩きや料理、スポーツ観戦などの日常体験から、その空気や肌触り、味、感情をアウトプットして記録に残す。色や記号、音を組み合わせることで、その人ならではの日常を物語化する。そんな一連のプロセスを一般化できるよう、この後のフェーズで実験していきたいです。
また、ワークショップでは、体験した出来事を誰かに伝えたいという欲求や、その人の内面を知ろうとする“愛を見つける”ような行為も大切なテーマだと話題に上がりました。家族や友人、恋人、ひいてはまだ出会ったことのない他人、世界中の誰かに、自身が感じた体験を伝える。非言語コミュニケーションを通してそんな対話を日常生活の中で実現できたら、より一層思いやりを持って誰かと接することができると感じています。
FG:
では最後に、FUTURE GATEWAYでの取り組みやご自身の活動を通じて目指す未来について教えてください。
古山:
誰もが言いたいことを難なく伝えられる、コミュニケーションが取れるような未来を目指しています。それは言語だけではなくて、場合によってはジェスチャーだったり、音だったり、絵画かもしれません。日常生活はもちろんのこと、私たちがプロジェクトで取り組む医療現場や、災害のような緊急事態においてもこうした言語を超えたコミュニケーションがあることで助かる人がいることは間違いありません。非言語コミュニケーションを前提に、最終的には文化的な違いで偏見や差別が起こることのない世界をつくっていきたいです。