はじめに
会社が私に与えてくれた役割は、終わった。
54歳のとき、そう感じました。そして翌年、30年勤めた会社を卒業。
次の仕事は決まってない。明確な計画もない。ほとんど見切り発車です。
それでも一つだけ、自分と交わした約束がありました。
55歳から60歳までの5年間を、「自分強化期間」にする。
60歳になったとき、「会社の肩書がなくても生きていける自分」になりたかったからです。
もうすぐ、私は61歳になります。
55歳で選んだ道が正しかったのか?
答えは人生が終わるまで分かりません。
でも、「55歳から60歳まで」の一区切りは終わりました。そこで一旦、この5年間を振り返ってみようと思います。
これから書くことは、私自身の「60歳での答え合わせ」です。
「終わった」と感じた、きっかけ
話は54歳まで遡ります。
あの頃、頭から離れなかった言葉があります。
「人生、このままでは終われない」
この年、私は懲戒処分を受けました。詳しく書くつもりはありません。ただ一つだけ言えるのは、あの出来事が人生の大きな転機になったということです。
周囲からは好き勝手なことを言われました。面白がる人もいれば、距離を置く人もいた。昨日まで味方だった人が、手のひらを返したように態度を変える。そして上からは、容赦なく人格ごと否定されました。
「ああ、人はこういう時に本性が出るんだな」
そんなことを、嫌というほど思い知らされたのが54歳のときです。
30年間、会社のために働いてきたつもりです。土日も関係なく働き、数字を背負い、部下を抱え、責任も背負ってきました。その対価として給料をもらい、多くの経験もさせてもらいました。 でも、このとき初めて気づいたのです。
会社は、人生までは守ってくれない。
当たり前のことです。でも私は54歳まで、その本当の意味を理解していませんでした。自分がどれほど組織の中だけで生きてきたのか。そのことを、思い知らされました。
情けなかった。悔しかった。そして、心の底から思いました。
「このままでは終われない。」
自分強化しようと思った「問い」
処分を受け、降格してから、自分の中に一つの問いが生まれました。
「いったい、何のために働いてきたんだろう」
会社で評価されること。昇進すること。役職が上がること。それが、いつの間にか自分の価値そのものになっていました。でも、その評価は一瞬で崩れる。それを身をもって知りました。
もちろん、会社員時代の経験は、今でも財産です。でも、それとは別に気づいたことがあります。
会社の肩書を外した私は、何も持っていなかった。
それが怖かった。60歳を迎えたとき、自分に何が残るだろう。
だから私は、「会社の外の自分」をつくる5年間が必要だと思ったのです。
55歳で決断した理由
当時の私には、一つの感覚がありました。
60歳から人生を変えるのでは遅い。
だから55歳で動きました。
定年再雇用で働く先輩たちを見ても、「ああなりたい」と思える未来を、イメージできなかった。もちろん、それを否定するつもりはありません。でも、私自身は違う人生を歩みたかった。それが、55歳で決断した理由です。
次の仕事もありません。あったのは、「退職金があるから、しばらく無職でもなんとかなるだろう」という、根拠のない楽観だけ。「何かを始める前に、まず辞める」--そんな感覚での決断でした。
周囲からは、
「いきなり辞めるなんて無茶やで」
「食べていけるのか」
「本当に大丈夫なのか」
と、何度も言われました。
それでも、気持ちは変わりませんでした。
会社にしがみついたまま人生を終える自分を、どうしてもイメージできなかったからです。
ただ、ひとつだけ後悔があります。
私は、この決断を妻に相談しませんでした。
振り返れば、あのころの精神状態は「普通」じゃなかった。
「なぜ自分だけがこんな目に・・・」と、人を恨み、会社を恨み、自分だけの狭い世界に閉じこもってしまった。そして、家族の生活がかかった大事な話を、自分一人で決めてしまった。あれは、本当に酷いことをしたと思っています。5年経った今でも、その後悔は消えていません。
だからこそ、絶対に中途半端には終われない。守るべき家族がいたから、この5年間を走り切れたのだと思います。
60歳になった今、思うこと
この5年間は、決して順調ではありませんでした。1年目も2年目も、ほとんど成果は出ませんでした。
「やっぱり会社を辞めなければよかった。」
そう思った夜は何度もあります。それでも続けました。自分との約束を守るためです。
そして今。55歳のときには想像もしなかった景色を見ています。
週に3日は会社員として働き、残りの日はフリーランスとして複数の会社と関わる。自宅の仕事部屋でオンライン面談をする時間、地域のボランティア活動をする時間、原稿を書く時間、ギターの弾き語りを撮って投稿する時間もあります。妻と平日昼間にランチや映画に出かけたり、スポーツジムに通ったり。家事を手伝ったり。孫と遊んだり。
どれも会社員だった頃には、想像できなかった毎日です。
そしていまは、こう思います。
人生は、山あり谷あり。
谷が深かったからこそ、今の自分がある。
60歳での答え合わせ
会社を辞めていなければ、今ごろは定年再雇用で働き、65歳で仕事を終えていたでしょう。でも今は違います。
複業フリーランスとして働き、定年はありません。会社に人生を預けるのではなく、自分で人生をつくる毎日です。
だから今なら、55歳の自分にこう言えます。
「あの決断は、間違ってなかったんじゃない?」
未来は分からないけど、「会社の肩書がなくても生きていける自分」にはなれた。これが、60歳での答えです。
一歩間違えば、まったく違う人生。だから最後に、55歳の自分へ伝えたい。
「ふてくされなくて、本当に良かったね。」