私を表す3つの言葉の一つ
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利他性
これが私がお客さんに対しても、仲間に対しても常に心掛けている思いであり、やる気に繋がる行為。会社からすると嫌かもしれないけど、私はチームのKPIが最優先事項。私にとっては、企業にとって重要なものの中で財務は、優先順位が3番目に来る。
最初に人(自分の社員)、次にビジネス(顧客)、その次に売上。でも多くの企業は、売上に追われ、それが故に顧客にも真摯に向き合えなくなり、社員の事はそもそもケアしないということが常識化してしまっている。
社員を大事にしたら売り上げが上がるなんてきれいごとを言うな! と多くの経営者からは言われるかもしれないが、言われてもいいと思っている。毎月必死になって追いかけている売上、誰が持ってくるのか? 人ですよ。その売上は、誰がくれるのですか? ビジネスとなっている顧客です。 その両方に向き合っているのって誰ですか? 社員です。
社員がいなければ、この2つの売上ソースはあったところで自陣へ引っ張ってこれない。動かないから尻を叩いて走らせるんだ、甘いこというなと言ってくれて構わない。個人的な経験で離婚を経験した時、一緒にいるのが苦しく思えたパートナーが、離婚により家を去った後、苦しく思っていた時よりも寂しい感情があった。
つまり、物理的に被害に遭っている相手なら話は別だけど、口論もない、暴力もない、経済的に困ってもいない仲で、感情的に受け入れられないことがあって離婚することがあったとしても、家に誰もいなくなって初めて思う、いるだけで自分を支えてくれる「存在」というものがあるのだと感じた。
父が昨年亡くなった。私の父は、子供に関わることを好まなかったと母から聞かされていた。「パパ遊んで」と子供が足元に来れば、「何とかしろ!」と怒鳴られていたという。そんな母からすれば嫌な存在だった父がアルツハイマーに罹るまで、家族と関わろうとしなかった。
アルツハイマーに罹って、初めて父が感謝の気持ちで涙を流す姿を見た。もうこの時は喋れなくなっていた。遠い名古屋から関東まで車を走らせて来てくれた自分の妹夫婦に別れ際に涙していた。家族である私達ですら一度も見たことがなかった光景だ。
母がリハビリにでもと父の手を取り短い距離を散歩した。もう帰ろうと母は父の手を取り帰ろうとした。その時、父は話せないが帰りたくないと母の手を強く握り、逆の方向へ引っ張っていた。あれだけ憎むように生きてきた二人だったが、アルツハイマーが人の大切さを父に教えてくれたのだと強く感じた。
人は「当たり前」や「常識」と思うようになると、社員でも家族でも上手くいかなくなってくる。「~べき論」が自分の頭の中で展開され始めると、様々なヒトモノコトを軽視し始める。
人は、人に迷惑をかけずに人生を終えることはできない。ヒトに何かしらの迷惑をかけながら生きざるを得ない。だから、自分が動けるうちに「ヒトを助ける」ことにしている。それが自分のその会社での寿命を短くさせようとも、ヒトの成功に自分が寄与できることが、自分のKPI達成よりも嬉しい達成感を選べる。
直近で就いたカスタマーサクセスってそういう意味でつけられた言葉じゃないかなって思う。相手が「成功」すれば「自分に数字として成功」を与えてくれ、それが「自分の会社の成功」になる。
カスタマーサクセスのKPIを単純に「アップセル、クロスセル、Churn防止、契約更新」と一括りにする管理者は多い。寧ろ、そういう人こそCSのマネージャーに選ばれるだろう。でも、自分をお客さんにおき替えてみて欲しい。更新の時期が来ると「もっと会社全体に広げてみませんかね」とか打診される。それはお客様から申し出する言葉でなければならない。
お客様との定例で、その申し出を打診しなかったとあとでフィードバックをしてくる上司は沢山いる。というよりもそういう人しか上司には選ばれない。でも本質とは違う。相手が必要な時に、必要な数だけ、必要な使い方だけを提供できれば。全ての機能を使えなくても「サクセス」している。それが彼らの「成功」に他ならない。
いつか、「こんなことできたら便利だと思うんですよね」と聞かれた時に、「このボタンクリックしてみて下さい」と伝え「あったんだ!」というアハ体験を感じて自分の内発的動機付けで追加してもらえて初めてアップセルが成功してるんだと思う。
会社は成長しなければならないのは大前提として理解している。でも、成長はお客様と共にすることが多いし、相手の成長速度も様々。
アップセルを打診しなかった部下でも、毎月話をしてくれ新しい情報を教えてくれ、自分の話に傾聴してくれる「存在」だけでも、ヒトの心に寄与している。それがビジネスの本質だと感じる。だから私は利他性を重んじて生きている。