空間デザインするということの本質
空間をデザインするという行為は、単なる造形や内装の設計にとどまらない。それは「空間体験戦略」を策定することであり、利用者がその空間をどのように感じ、行動し、記憶に残すかという“体験の質”を設計する営みである。
日本と中国において、私たちが関わる空間の多くは、店舗、フードコート、商業施設、モール、アウトレット、そしてレジデンスといった多様な領域に及ぶ。それぞれの空間には、地域特性や文化的背景、消費者行動の違いが反映され、求められる体験の在り方も異なる。たとえば、日本の都市型モールでは、効率的な回遊動線とストレスのない購買体験が重視される一方、中国の新興都市では、「映える」空間演出やデジタルインタラクションによって滞在時間を延ばす工夫が求められる。
同様に、フードコートでは日本ではファミリー層を意識した安心感ある導線と座席配置が重視され、中国では若年層をターゲットとしたトレンド性やSNS映えのある空間演出が鍵となる。アウトレットモールでは、訪れる人々が“発見”や“探索”の楽しさを体験できるよう、視線のコントロールやゾーニングが戦略的に設計される。
レジデンスにおいても、「暮らし方」そのものが異なる。日本では収納性や動線の合理性が重要視されるが、中国ではゲストを迎えるための共有空間や、家族内のプライバシーを保つゾーニングに関心が集まっている。このように空間体験のニーズは国によって異なり、単なるデザインの輸出では通用しない。
だからこそ、空間デザインは「誰のための体験を、どの文脈で、どう実現するか」という問いへの戦略的解答であるべきだ。色彩、照明、音環境、素材感、香り、動線、サイン計画など、すべての要素は「体験を設計するための手段」に他ならない。そしてそれらを一貫性あるストーリーに落とし込むことで、人々の行動と感情を導く空間体験が生まれる。
空間とは、ただの“箱”ではない。それは人の意識を動かし、購買意欲を高め、ブランドへの共感を生む「戦略の舞台装置」である。日本でも中国でも、空間デザインの本質は「体験価値の設計」であり、そこにこそグローバルに通用する空間クリエイションの本質があるといえるだろう。
井口 崇|NED Japan LLC. 代表