「判断や決断が早いですね。」と言われることがある。
確かに、周囲からはそう見えるのかもしれない。
だが、私の中では、判断と決断はまったく別のものだ。
判断とは、過去を見て答えを出すこと。
決断とは、未来を選ぶこと。
過去には正解があるが、未来には正解がない。
だから、決断には責任が伴う。
また、こんな違いもある。
判断は頭でする。
決断は腹でする。
決断した瞬間から、その未来は自分の責任になる。
だから、腹をくくる必要がある。
経営者の仕事は、正しい判断をすることではない。
責任を引き受けて決断することなのである。
そう、
決断とは、何かを選ぶことではない。
何かを捨てることだ。
例えば、新しい事業を始める。
それは、別の何かをやめることでもある。
新しいことを始めれば、金も、人も、時間も、そこへ動く。
スタッフを採用する。
設備投資をする。
広告を打つ。
すべて同じだ。
決断には、必ずリスクがある。
そして経営における決断の多くは、金を動かすことでもある。
その結果は、最後には金額になって表れる。
プラスか、マイナスか。
必ず数字となって出てくる。
例えば、新規事業を始めると決断したとする。
思うように売上が上がらない。
赤字が続く。
それでも、
「もう少しやれば何とかなる」
ここで、二度目の決断が必要になる。
計画通りにいかない理由を説明することは、決断ではない。
その現実を受けて、続けるのか、変えるのか、やめるのか。
もう一度決めることが、次の決断なのである。
勝機が見えているのであれば、さらに資金を投じるという決断もある。
それが当たれば、大きなリターンとなって返ってくる。
しかし、見込みのないまま撤退を先延ばしにすれば、赤字は毎月積み上がっていく。
一千万円だった損失が、三千万円になる。
三千万円が、一億円になることだってある。
そこでようやく撤退を決断しても、失った金が戻ってくるわけではない。
オーナー経営の中小企業なら、その一つの決断で、会社そのものが終わることだってある。
その損失は、決断した経営者が負うのである。
場合によっては、事業資金として銀行の借入もあるだろう。
オーナー経営者なら当然だが、失敗したら、辞任すれば済むという話ではない。
少なくとも私は、そう考えて経営してきた。
だから私にとって決断とは、単に「決めること」ではない。
その決断が間違っていた時の経済的な損失まで、自分の責任として引き受けることだ。
とても怖いことだが、そこまで腹をくくって、初めて決断になる。
経営をしていると、
「この件の全責任は私がとる。」
そう言って、
自分の考えに会社の方向を委ねてほしいと、周囲に求める場面がある。
「全責任は私がとる。」
そう言うのは簡単だ。
では、その責任が一億円、二億円の損失になっても、同じことが言えるのか。
その時に問われるのは、
言葉の強さではない。
もし、その決断が間違っていたら、
自分はどこまでの損失を引き受ける覚悟と余力があるのか。
そして、その決断の影響を受けるのは、自分だけではない。
スタッフがいる。
その家族もいる。
銀行も、仕入先もいる。
その人たちの生活や仕事にも、決断の結果は波及する。
だから、周囲も見ている。
この人は、勝算があって、本当に腹をくくっているのか。
それとも、
「責任は私がとる」
と言っているだけなのか。
その覚悟の深さが、決断の本気度になる。
だから、決断には勇気がいる。
私は、
経営とは、その繰り返しだと思っている。