「真夏のオフィスで、わたしはダウンコートを着ている。」
そう言うと驚かれるかもしれないが、これにはちゃんと理由がある。
わたしは、かなりの「寒がり人間」だ。
特に電車やオフィスの冷房がとても苦手。
カフェやレンタルオフィス、コワーキングスペースなども寒い寒い。
身体がすぐに冷たくなってしまう。
寒がりだからこそ、夏は気を遣う。
だから、ファッションには見た目のコーデだけでなく
実用性にもとても気を配っている。
わたしが半袖を着るのは、1年のうち多分5・6月だけではなかろうか。
いちばん外気が心地よく感じられるし、冷房がそこまで強く効いていない時期であるから。
逆に7月や8月は、私の中では寒い季節、という認識。
もちろん屋外はとても暑い。
だから持っているアイテムには、こだわりみたいなものがある。
今回は寒がりの私が、夏に愛用しているアイテムを紹介していきたい。
テーマは「季節感は大事・自分の体調と機能性はもっと大事」
目次
- ミドル・ロング丈のダウン
- 遮光カーディガン
- まとめ
ミドル・ロング丈のダウン
とくにブランドなどは問わないけど、気軽に着用できるタイプのコートを何着か持っている。
何着かオフィスのハンガーや椅子にかけておいたりして、いつでも着れるようにしておくと安心できる。
長い丈も短い丈も持っているが、
お仕事中ならミドル丈が、ちょうど良いように思う。
利点をざっと下記に列挙してみた。
- 軽い
- 持ち運びしやすい
- 季節感に縛られない
- 腰回りを守ってくれる
- 急な雨にも安心
- 色やデザインで遊べる
- 夏ファッションとの相性が良い
1と2はとくに説明不要かなと。
ストレスなく着れて、簡単に持ち運べる価値は何物にも代えがたい。
3は個人的な印象なので、一般の印象とは違うかもしれない。
だけど幸いなことに、いままでのところ「こんな季節にダウン着てるの?」と言われたことはない(心で思われている可能性はある)
むしろ「色かわいいね」とか「このフロアめっちゃ寒いよね」と会話の種になることが多かったし、なんなら「寒いからあなたのダウン着たい。貸して」と言われたこともある。
モコモコのダウンと違い、最近のダウンは季節を問わず、寒いと感じたら着れるアイテムだと思っている。
秋冬っぽくなりすぎないように、インナーや足元で違いを出す工夫などはしているが、「夏もダウンを着たいのに、季節感や周りの目が気になって着れない」という人がもしいたら、そっと背中を押せる記事になってほしい。
4は結構大事だ。夏はどうしても肌の露出も増えてくるし、オフィスの服でもシャツやカットソーの丈が秋冬物より短めなので、歩き回ったり屈んだり作業をしていると勝手に裾が出ちゃったり、なにかの拍子で服が捲れてお腹や腰が見えてしまうこともある。
自分では中々気づかず、知らないうちに身体が冷えてしまうので、ミドル丈やロング丈だと安心できる。
5も大事。軽いダウンは撥水性も期待できるから。
とくに夕立や秋口に、ざっと気温が冷えて強い雨になるときには重宝する。ゲリラ豪雨にも必要以上に気にしてストレスを感じなくてよい。
6は私の趣味というか、ダウンコート自体が好きなので、たくさんの形状や色違いを買って、着まわしている。マスクの色と合わせられるのも楽しい。
通販で大体1万円以内(セール時は5000円以内)で買え、長持ちもするのでお買い得である。
7は寒がりの私が導いた結論。
ダウンがあるからこそ、夏のファッションができる。
わたしは夏はサテンやシルク素材のトップスを着ることが多い。汗もかきにくいし素材は着ていてとても涼しい。そのうえダウンとの相性も合うので、おすすめ。
遮光カーディガン
では日差しの強い屋外ではどうするか。
わたしは遮光性が高いカーディガンにお世話になっている。
個人的に気に入っているのがロングカーディガン。
肌ざわりが涼しいうえ見た目が非常にエレガントなので、
厚ぼったい印象がないので気に入っている。
冷房ガンガンの電車やバスでも寒くない保温性もありながら、日差しをほぼ完ぺきにシャットダウンしてくれるので、好きなファッションの上から羽織るだけで日焼け対策がほぼ出来上がる。
ロング丈だけど「夏なのに」感が全くない。
主な利点を簡単に要約させていただく。
- 高い遮光機能
- エレガントでお洒落なデザイン
- 季節問わず着用可能
- 長く愛用できる
まとめ
もし「冷房がとてもつらいけど、季節感が気になって我慢している」という人がいたら、「ダウンも選択肢にありますよ」と私は伝えたい。
自分らしい快適さを優先することで、夏のファッションはもっと自由になる。
季節に合わせることも大事。
ただ、わたしの装いは「いまの自分を守ること」から始まる。
ダウンは、夏のわたしにとっての小さな自由であり、装いの言葉でもある。
装いとは、見せるためだけでない。
自分を守るための小さな哲学でもあるのだ。