#会社の構造物語|第11話
〜ベテランの勘はマニュアルにならない編〜
「昨日は、この棚にあったんですけど……」
物流倉庫に入って3日目の新人、田中は途方に暮れていた。
「それ? ああ、昨日移動したよ」
ベテランの山本が、何でもないことのように答える。
「どこにですか?」
「あっちの奥。青い箱の隣」
「青い箱、3つありますけど……」
「見たら分かるやろ?」
分からないから聞いている。
しかし、山本に悪気はない。
この倉庫で15年働いている山本にとって、商品の置き場所は頭の中に入っていた。
棚にはラベルがない。
似たような段ボールが並び、商品の配置は入荷状況によって変わる。
変更のたびに誰かが知らせる仕組みもない。
「やってたら覚えるよ!」
山本は笑って次の作業へ向かった。
田中は、もう一度青い箱を探し始めた。
荷物が少ないのに、なぜ終わらない?
夕方。
倉庫責任者が作業の進み具合を確認していた。
「今日は荷物少ないのに、なんでこんなに時間かかってるの?」
「仕分け先が分からなくて、何度も確認していて……」
「昨日はもっと荷物が多かったけど、早く終わったよ?」
昨日は同じ商品が大量に届いた。
今日は少量ずつ、何十種類もの商品が届いている。
箱の数だけ見れば、確かに昨日の方が多い。
でも、探す棚も、確認する商品も、移動する回数も違う。
「もうちょっと段取りよくやってよ」
田中は返事をした。
段取りを考えようにも、どこに何があるのか分からない。
事務所にも、別のカオスがあった
一方、倉庫に併設された事務所。
出荷担当の鈴木は、机の上に積まれたシールを見ていた。
賞味期限の変更情報を記載したシールだ。
現場で確認した内容が、まとめて事務所に上がってくる。
しかし、順番はバラバラ。
変更のあるものとないものが混在し、書き方も人によって違う。
そして、ときどき字が読めない。
「……これ、6? 8?」
確認しようと現場責任者に無線で呼びかける。
返事がない。
電話をかけても、倉庫の奥は電波がつながらない。
「どこにおるんやーーー!」
もちろん、叫んでも届かない。
発送時間は迫っていた。
鈴木は伝票を開き、シールを確認して書き換える。
次のシールを手に取る。
別のページを開く。
また前のページに戻る。
さらに別の伝票を探す。
「……これ、何回同じページめくってるんやろ」
鈴木は手を止めた。
そして、シールをいったん全部広げた。
まず、変更ありと変更なしに分ける。
次に、伝票ごとにまとめる。
さらに、伝票のページ順に並べ替える。
それから、一気に書き換えた。
「あ、こっちの方が早い!」
誰かに教わった方法ではない。
このままでは発送に間に合わない。
そう思って、自分で考えた方法だった。
回っているのではなく、回している
数日後。
倉庫の業務改善を依頼された構造設計Pが、現場を訪れた。
「うちはベテランが多いんで、仕事はちゃんと回ってるんですけどね」
社長はそう説明した。
「ただ、新人の作業が遅くて。事務所も発送前になるとバタバタするんですよ」
Pは倉庫と事務所を見て回った。
棚を探し回る新人。
口頭で置き場所を教えるベテラン。
変更シールを並べ替える事務員。
無線で呼ばれても、なかなかつかまらない現場責任者。
Pは社長に尋ねた。
「社長、この倉庫の商品の置き場所って、どこを見たら分かるん?」
「山本に聞けば分かりますよ!」
「山本さんが休みの日は?」
「ほかのベテランに聞けば……」
「全員休んだら?」
「……困りますね」
「今、田中さんは毎回それをやってるんよ」
続いて事務所。
「鈴木さん、なんでシールを先に並べ替えてるん?」
「そのまま処理すると、伝票を何回も行ったり来たりするので」
「誰かに教わったん?」
「いえ。発送に間に合わないと思って」
「……もう改善してるやんw」
鈴木はきょとんとした。
Pは社長に向き直った。
「社長、今まで発送に間に合ってたから、問題ないと思ってた?」
「まあ、そうですね」
「間に合ってることと、仕組みができてることは別やで」
数えていなかった仕事
Pはホワイトボードに、二つの作業を書いた。
A:同じ商品100箱を1か所に運ぶ。
B:100箱を30種類に分け、別々の棚に運ぶ。
「社長、どっちが時間かかると思う?」
「そりゃ、Bでしょう」
「でも今の作業管理、箱の数しか見てないよね?」
「あ……」
「物の数は数えてるのに、人の手間は数えてないんよ」
Pはさらに書き足した。
探す。
聞く。
確認する。
並べ替える。
やり直す。
「これ、全部仕事やで」
「でも、慣れたら速くなりますよね?」
「もちろん。でも、慣れないとできない仕事を、誰でもできる仕事に変えるのが仕組みづくりやろ?」
ベテランの経験は貴重だ。
ただ、その経験が本人の頭の中にしかなければ、新人は毎回聞くしかない。
そして、ベテランも毎回教えることになる。
分かる人が何とかする仕組みは、分かる人の時間を使い続ける。
ベテランの勘を、会社の財産に
Pは現場責任者とスタッフを交え、改善を始めた。
まず、商品コードと棚番号を対応させ、棚にラベルを貼った。
置き場所を変えるときは、配置表も更新する。
次に、賞味期限変更の報告方法を統一した。
商品コード、変更前後の期限、対象数量。
誰が書いても、事務所で同じように確認できる書式にした。
変更情報の提出時刻も、発送締切から逆算して決めた。
さらに、仕分け作業は箱数だけでなく、商品種類や移動先の数も考慮して人員を配置することにした。
「そんなに細かく決めなくても、俺は分かるけどなぁ」
山本が笑った。
Pも笑った。
「山本さんが分かることは、めっちゃ価値があるんよ」
「そうか?」
「だから、その知識を会社に残してほしいんや」
「俺の知識を?」
「そう。山本さんが休んでも、田中さんが迷わず仕事できるように」
山本は棚のラベルを眺めた。
「……そういや、最近ずっと置き場所聞かれてたな」
「それも減るでw」
昨日と同じ場所に、ありました
1か月後。
「山本さん、この商品どこですか?」
田中が声をかけた。
山本は棚を指さした。
「配置表のC-3やで」
「あ、ありました!」
「昨日と同じ場所やろ?」
「はい!」
二人は笑った。
事務所では、統一された変更報告が届くようになった。
鈴木は伝票を開き、順番に処理を進めていた。
以前のように何度もページを行き来することはない。
発送時間にも、少し余裕ができた。
社長がPに言った。
「山本がいなくても、仕事が進むようになりました」
Pは答えた。
「うん。でも、山本さんがいらなくなったわけじゃないで」
「え?」
「山本さんの経験が、みんなの仕事に使えるようになったんよ」
構造設計Pのひとこと
「見たら分かる」は、見方を知っている人にしか通用しません。
長年働く人の経験や勘は、会社にとって大切な財産です。
でも、その知識が個人の頭の中にしかなければ、新人が入るたびに同じ説明が必要になります。
また、作業量は単純な数量だけでは測れません。
探す時間、確認する時間、並べ替える時間。
目に見えにくい作業も、確実に人の時間を使っています。
現場の工夫で仕事が回っているなら、その工夫を個人任せにせず、会社全体の仕組みに取り入れる。
仕事ができる人を増やすために、仕事ができる人の経験を仕組みに変える。
それが、属人化を解消する第一歩です。
もちろん、すべてのイレギュラーをなくすことはできません。だからこそ、日常業務の無駄を減らし、想定外の事態に対応できる余力を残すことが大切です。
※この物語は、組織運営で起こりうる課題を題材にしたフィクションです。特定の企業・人物・出来事を描いたものではありません。