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仕事楽しい?に即答できる人になりたいのです。

自分の性格を一言で表すと、「常に何かに頑張りたがりの負けず嫌い」だと思ってます。

何か目標を持って取り組む事に生きがいを感じるのです。

私の人生は小学生の頃に見たイギリスの映画「ノッティングヒルの恋人」から始まりました。

イギリスという国はなんて美しくて素敵な言語を話すところなんだと思いました。

そんなところに行ってみたい、そこに住んでいる人と話してみたいと思い、英語に興味を持ち出したのが人生のターニングポイントだったなと今は思います。

高校時代に全て自分で手配して行った2週間のイギリス留学では、初めて海外へひとりでいき、言葉もまともに話す事ができず、ご飯も美味しくなく体調も優れず、ただただ2週間ホームシックで終わってしまいました。

一時は英語、外国、嫌い、怖い。とまで思ってたのに、いつの間にかまた英語を話したい気持ちが強くなり、大学はもちろん英語を学べる大学へ進学し、目標であった留学にもいきました。

アメリカでの留学は非常に楽しかったですが、英語レベルアップは全然できず帰国してしまった為、もっと頑張ってペラペラにならないと!という思いで卒業後は新卒での就職をせずカナダのバンクーバーはワーキングホリデービザにて渡航。

元々英語を使った映画の仕事をしたいと思っていたのもあり、現地の映画館でアルバイトするのを目標に、自分が住む地域の映画館には尽く履歴書を配りまくり、幸運なことにその内の一つで働けることに。

まだ英語が全然下手だったので、その変わりに一生懸命全くさぼらず働いたことにより月に一人その月一番頑張った人が選ばれるキャストオブマンスに選ばれた時は、思わず親に電話してしまったこともありました。

映画館で勤務していくうちに、日本に帰国したら英語を生かせる映画の仕事をしたいと思うようになり、帰国後は映画興行会社へ就職。

入社して約4年は映画館での勤務であまり英語を使うことはなく、英語力も低下していき、日に日に焦る一方でしたが、入社4年目の春に本社に異動したことにより英語を使う業務に就くことができ、英語への情熱が瞬く間に戻ってきました。

それが2度目の人生ターニングポイントだったかもしれません。

もっと英語をメインとした仕事をしたい、その思いから、小さい頃から憧れていたイギリスへYMSという年齢制限があるビザにて渡英することを決意しました。

目標は現地の語学学校で留学生をサポートしたいということを掲げ、渡英後は毎日大小問わず語学学校へ履歴書を配り、電話&メール攻撃で自分を売り込みまくりました。

1ヶ月経っても目が出ず、さらにはせっかく獲得した面接では人事採用者から履歴書内容を酷評され、落ち込みまくっている時に、一本の電話が。

それは渡英してすぐに応募した語学学校から面接の電話でした。

一次、二次で合計5時間にわたる海外式の面接をなんとかクリアし晴れて採用していただけることになりました。

一生懸命目標に向かって取り組めば、きっとどんな形かはわからないけど、努力は実る。そう感じました。

そうこうして必死に入社した会社でしたが、約2ヶ月間勤務した後上司との考え方の違いから退職することとなりました。たった2ヶ月、短いと言われればそれまでですが、私は非常にいろんなことを経験できた自分の人生における大事な2ヶ月間だったと思います。

そこで勤務していたロシア人の同僚に「仕事楽しい?」と聞いた時、即答で「とても楽しい。やりがいがある。」と答えました。彼女は私より少しだけ先に入社し、しかも前任者がその入社直前に退職した為、引継ぎも一切ない過酷な状況で業務を覚えなければいけなかったにもかかわらず、入社して1ヶ月後に「楽しい」と即答できていました。

日本で働いている時、自分がこの質問をされたら即答できていたのかな。

そう考えると自信がありません。

これからは、彼女のように即答できる人になりたいのです。

それを可能にするのは、これまで自身の人生に深く関わってきた、英語を用いた仕事の新たなフィールドの挑戦することだと今の私は思っています。

具体的に何がしたいのかはありません。

でも英語を使って、会社、他人、また自分の成長につなげる事ができる仕事をすることを、今頑張りたいと思っているのです。