本屋に行くと、AIに関する本がよく特設コーナーとして設置されている。
ちょっと前まで、chatGPTをどう活用するかなど、HOW TO本が多かったように思うけど、今は「AIが当たり前の時代にどう生きていくか」という「考える本」が増えているように思う。
AIが面倒なことを代替わりしてくれる。
わたしも分析のリサーチなどをお願いしているし、「この表現の別の言い回しないかなぁ」と壁打ちになってもらったり、最近Pythonを勉強しているので「なぜエラー出るの?」って思ったときに聞いている。
正直、触らない日はない。
でも、AIが代替わりしてくれるようになって、ライターもだいぶ仕事が減っているとかも聞く。chatGPTの画像の進化もすごくてバナーデザインとか要らんくなるやんレベル。
うちのウォンバットの写真を渡してフルーツでってやったら、こんなん仕上げてきた。うちの子のほうがもっと可愛いけど、すごいな。

待ち時間は数十秒
AIが面倒な仕事をやってくれる。
そしてもし、ベーシックインカムが導入されたらどうなるだろうか。
水道とか電気とかのインフラメンテの人、コンビニやスーパーの配送や陳列する人やレジの人、いないと困る。
もしベーシックインカムが導入されて、「働かなくて良い」となったら、誰が食べ物とかを作って運んでくれるんだろう。土地を持って畑をやっている人は生き残れるだろうけど、逆に襲われるリスクも増える。
そうなると、高い壁を作るなど安心安全な場所を作らないといけない。他者の侵入を防ぐために。あれ?これって昔の時代じゃね??
江奈さん(元 高校の国語の先生)と話していたら、「人間働かなと腐るよ」と言ってた。
ほんまに、「腐る」という表現がぴったりだと思う。
もし、野﨑まどさんの小説「タイタン」のように、食べ物やインフラがすべてAIが管理するようになったら、生活の不安はなくなる。そうなると、「じゃあ何がしたいの?」になる。
最近、「で、どう生きたいの?」と質問される機会があった。
わたしは思考がうるさくて、頭の中であっちへフラフラこっちへフラフラと考えている。
それを見かねたお姉さまが「自分で自分の人生決めていないから不安なんですよ」と言ってくれた。
手間のかかる仕事をAIがやってくれるようになって、わたしは「重要だけど緊急じゃないこと」に時間が割けるようになる。
じゃあどうしたいの?
何がしたいの?
そしてそれを、自分に許可出してるの?
なんでも選択できるから、じゃあ何を選択するの?
それすらもAIに聞いているようじゃ・・・ってなるけど、制限がどんどんなくなる今、自分の意思があるって大切だと思う。
学校行ってもいいし、行かなくてもいいし。
何食べてもいいし、食べなくてもいいし。
どこか行ってもいいし、行かなくてもいいし。
制限がないからこそ、選択が大切。