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会社の神制度で同期とマルタ旅行に行ったらそれより長くベトナムに滞在した話

【今回のレポートに登場する陽気なメンバーの紹介】

・鈴木かぐや(チーフプランナー/5年目)
常にエネルギーを振り撒いている。感情がすごく顔に出るためわかりやすい。恋愛リアリティーショーが大好きで、毎回更新されたタイミングで必ずチェックする。下の名前が特徴的だが、海外に行くとスズキと名乗る方が覚えてもらいやすい。焼き鳥が大好きな陽気な食いしん坊。

・宇都まりな(チーフプランナー/5年目)
Enjin随一のヘルシー健康オタク。息を吐くように鍼、エステ、マッサージに通う。初対面の相手には物怖じせず話すことができるが、知り合いには気を遣ってしまい、思ったことが言えないことが多い。ナッツが大好きな陽気な食いしん坊。

・野口恵美(チーフプランナー/5年目)
この記事の筆者。好きになったらとことんハマってしまうことの多いオタク気質。20代後半になってから楽しみの前に熱を出すようになってしまったのが最近の悩み。すごく船酔いする。もつ鍋が大好きな陽気な食いしん坊。

・工藤優香(人事室採用担当/5年目)
こだわりが強く、決めた自分の意思はとことん貫く。気になったことは人に聞かず自分で納得いくまで調べたいタイプだが、化粧は翌朝になってから落とすことが多いほどズボラな側面もある。とにかく肉が大好きな陽気な食いしん坊。

 私たちのオハナ旅(弊社Enjin神制度の名。詳細は文末)、それは工藤が成田と羽田を間違えるという驚愕のミスから幕を開けました。しかしそこは「オンタイムのハム」の異名を持つ工藤。なんとか乗り換えを成功させ、チェックインカウンターがクローズする時間ぴったりに到着。指先に震えを残しながら、私たちと無事に合流することができました。

 ドバイで乗り換え、トータル移動時間約24時間を経て、マルタへ到着。マルタはイタリアの南方に位置し、地中海に浮かぶ小さな島国です。EU加盟国でありながら、他のヨーロッパ諸国より物価が安く、シーフードとワインが美味しいと有名です。

 365日中、360日が晴れだと言われているほど気候のいいマルタ。くしくもその日は風が強く、冬の日本海のように強い波が打ち付けていました。しかしその中で最初に食べたカラマリフリット(イカフライ)は、五臓六腑に染み渡るほど美味しく、翌日以降も私はカラマリフリットを求め彷徨うアジア人観光客へと成り果てたのでした。

 マルタは中世ヨーロッパの文化を色濃く残した街並みで、本当にどこの道を歩いても絵になるほど美しいのが印象的でした。中心地バレッタでジェラートを食べ、古都イムディーナでは訪れた人は必ず食べるというチョコレートケーキを例に倣い食しました。味はまずまずでした。

 また、宿泊したホテルは五つ星でして、お客さんに対する最高クラスのおもてなしを体験することができました。特に朝食の場では、一人ひとりの食事の状況をきちんと把握し、しかるべきタイミングでしかるべきサービスを行うプロの技を目の当たりにしました。

 特にマルタにおいて学んだことは、どの人も仕事を楽しんでやっているということです。マルタが好きで、仕事に誇りを持って取り組んでいる人が多いと感じました。職業をライスワークではなく、ライフワークとして取り組んでいる人が多かったように思います。

 もちろん、「ライスワーク」で取り組んでいる人も一定数いると思います。しかし、「ライフワーク」として楽しむように仕事をする人は、私たちのような言葉の通じない外国人にもその様子が伝わるからこそ、印象として強く残るのではないでしょうか。
 最初に乗ったタクシーの運転手さんが「いろんな国に住んだが、やはりマルタに帰ってきてしまう」と笑っていたのは、もしかするとこのような環境があるからなのかもしれません。

 マルタ滞在の中で、以上のような気付きがあったり、ボタンを押してもバスが止まらず降りられなかったり、宇都がシンクロナイズドスイミングを極め始めたり、離島へ渡る船でゲロ酔いしたり、様々な楽しい出来事がありましたが、文字通り暗雲が立ち込めたのは、最終日の夜でした。連日報道されて騒ぎになっていた、日本の台風のニュースです。

 私たちの便が日本へ着陸するタイミングは、ちょうど12日の深夜でした。なんとそれが台風の上陸と重なってしまい、帰りの便が欠航になってしまったのです!

 このトラブルにおいて、私たちは旅行代理店の迅速な対応による「顧客からの信頼獲得に繋がる動き」というのを、クライアントの立場として学ぶことができました。

 帰国日の朝、私は今回の旅行を申し込んでいた代理店の担当者(以後Aさんと呼びます)へ問い合わせのメールを送りました。するとすぐに折り返しの返信があり、電話で詳しく説明をさせてくれとのことでした。しかし、海外での電話はSIMカードを変えていなかったため携帯では通話ができません。するとAさんはすぐさまホテルのフロントへ電話をかけてくださり、私はそこで繋いでもらうことができました。

 電話の内容は、帰りの便が欠航になった中、最速で日本へ戻れる代替ルートの提案でした。ドーハで乗り換える際、成田の代わりにベトナムはハノイへ降り立ち、台風がさった翌朝、1日遅れで成田に到着するという内容でした。

 私たちは藁にもすがる思いで、その代替案を申し込みました。そこからAさんはすぐさま予約内容を日本から変更してくれました。また、メールの返信が非常に早いだけでなく、緊急連絡先の番号の連携など、先回りした対応が、異国の地で不安に駆られる私たちを安心させてくれました。

 案の定、マルタの空港は足止めされた日本人で混乱を極めていました。ドバイへは予定通り飛ぶとはいえ、ドバイから先が欠航しているため、マルタからすでに乗ることができないのです。

 空港についてから現状を知り、パニックになる日本人たちを尻目に、私たちはAさんが迅速に行き先を切り替えてくださったおかげで無事にチェックインすることができました。

 もしこの先再びヨーロッパへ旅行する機会があれば、私たちは同じ旅行代理店を選ぶし、Aさんを指名するでしょう。それくらい彼の対応は迅速で、私たちの信頼を勝ち得るには十分な働きをしてくださいました。私たちは今回の件で、会ったこともないAさんを「●●ちゃん」とあだ名で呼んでしまうほど、感謝しています。また、自分のクライアント様がなにかしらのトラブルに巻き込まれた際、どのような動きをすれば、最終的に信頼していただけるようになるのか、今回の件で身をもって学ぶことができました。

 そして、同じく約24時間の移動を経て、ベトナムはハノイへ到着しました。日本への帰国は1日遅れになってしまいましたが、思わぬオプション旅行の幕開けです。

 湿度が高く、蒸し暑い東南アジアらしい風に吹かれながら、「なんで私がベトナムに」と、某予備校CMのような感情が15分に一度こみ上げてきました。しかし、着いた直後に駆け込んだローカルな食堂でフォーをすすると、私たちはこのために導かれて来たのではないかと思うほど美味しく感じ、不安は一気にかき消されました。

 予定の便は翌日の13日でした。時間は約24時間あります。気持ちを切り替えた私たちは、そこからマッサージ、ナイトマーケット、ルーフトップバーと、怒涛のようにハノイを満喫しました。

 しかしここで、2度目の悲劇が私たちを襲います。翌日に予定されていた便も、台風の混乱の影響により、再び欠航となってしまったのです。ルーフトップバーの屋上から、そのまま地に落ちてしまったような気分でしたが、最も青ざめていたのは工藤でした。なぜなら15日には住んでいた家を引き払い、引っ越しをする予定となっていたからです。それができないとなれば様々な契約や予定が狂い、膨大な費用も発生してしまいます。

 時間は土曜の夜。我らが救世主のAさんにも連絡は繋がりませんでした。日祝は休みのため、この先のやりとりも絶望的です。一応メールは入れましたが、こればかりは私たちでなんとかしなくてはなりませんでした。

 深夜数時間の葛藤の末、工藤はただ1人、自ら別の飛行機を手配し、引っ越しに間に合うように帰ることを決意しました。奇跡的に開いていた1席を確保し、14日のうちに日本へ帰れるチケットを手に入れたのです。しかし、台風による混乱が続く日本で、その飛行機すら無事に飛ぶかは不明でした。まだ夜も明けきらぬうち、工藤だけを見送る瞬間は断崖絶壁に立っているような気分でした。残された私たちは、とにかく約束の時間通り空港カウンターに行くしかなく、そこでどうするか判断をしようと決めました。

 朝を迎え、工藤は無事日本へ飛ぶことができました。私たちも、祈るような気持ちで空港へ向かいました。そこで、日本人の空港職員から言い渡されたのは「次の振替は早くて3日後」という絶望的な宣告でした。流石に泣きました。ハノイに着いた時点で日本に帰れると期待していたものが、想定以上に先延ばしになってしまったのです。

 すぐさま工藤のように他の便を探しました。1日でも早く日本に帰るために、今から乗れる便がないか懸命に調べました。しかしどれも満席だったり、法外に高額になっていたりと、振替は困難を極めました。韓国乗り換えや、大阪、名古屋着など様々な手法を検討しましたが、どう考えても、次の振替の便を待つしか現実的な方法はなかったのです。

 3日後の振替の便を手配してもらい、私たちは呆然としたまま空港内のカフェテリアに入りました。そこでフォーをすすると、私たちはこのために導かれたのではないかと思うほど、美味しく感じました。とにかくフォーがうますぎる。結局ベトナム滞在中、毎日食べました。

 人間、どんなことも受け入れてしまえば後は強いものだと感じました。延泊分のホテルも予約し終えると、私たちはハノイ市内へ戻りました。2度目のマッサージに、2度目のナイトマーケット。3日目を迎える頃には、大量にバイクが行き交う道も、臆せずうまく渡ることができるようになっていました。

 ベトナム滞在で学んだことは、ベトナム人はあまり「ありがとう」を言わないということです。なぜなら、ベトナム人は、国民全員が大きな家族であるという理念を持っており、人に何かをしてあげることは当たり前で、感謝されるほどのものではないと考えているからです。もちろんサービスの場や改まった場所では「ありがとう」はありますが、一般的な生活の場面で「ありがとう」はあまり使わないそうです。したがって、現地の人に「ありがとう」と言った場合、怪訝そうにされてしまうこともあると言います。

 これはまさに、言葉は違えど、Enjinが大切にしている「オハナポリシー」と同じであると感じました。国や環境が全く異なっていても、同じ概念が根底にあるというのは非常に興味深く、普遍的なものなんだと学びました。

 さて、今回マルタに4日間、ベトナムにも4日間と、一度で二カ国も旅行ができてしまう結果となりました。それぞれ文化の異なる国で、それぞれの学びがありました。また、想定外のトラブルが続き、その対応に関しても学ぶ機会がありました。そして、5年間一緒に働いてきた同期の4人と、寝食を共にすることで、新しい発見や面白い出来事がまた増えたことが何より嬉しく、大きな実りと強い絆になりました。

 最後となりましたが、去年に引き続き(参照:モロッコ編)、貴重な経験をする機会を与えてくださった会社にとても感謝しています。今回学んだ知識や経験、そして過ごした時間が気の充足になったので、引き続きフルパワーで仕事を頑張ります!

(4人での写真は基本何かを食べている)

【語彙補足】
*オハナ旅:有給を使って社員同士で旅行をすると、会社から補助金が支給される神制度
*ライスワーク:生活のために、ごはんを食べていくために働くこと
*ライフワーク:自分の使命と思える、やりがいのある仕事で働くこと
*オハナポリシー:Enjinで大切にしている家族のような繋がり/考え方

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