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わたしたちが大人として為すべきこと

筆者:田村 秀一(取締役/CTO)

私には現在小学4年生の息子と小学2年生の娘がいます。
親の傲慢なのかもしれませんが、やはり小さい頃から何年も見ていると、この子はこういう特徴、性格がある、とわかってきます。

私自身も思春期の頃は自分の親に何かを否定されたりしたとき「俺の何がわかるんだよ」的セリフを吐いた記憶がありますが、今では「親はわかっていたんだなぁ」となっています。
楽な方へ楽な方へと行きたがる自分を見て、親はさぞ心配していただろうなと思います。

息子は半分は違う血のはずなのに、特に精神面が私に似ていると感じて遺伝という生命の仕組みに戦慄します。
お調子者でメンタルが弱くて、大したケガでもないのに母親に心配されたくて過剰な演技(下手)するところとか見ていてモヤります。
ただ、どんなに嘘くさくても証拠がない限りは本人の意見を信じる(信じている風)にはするようにしています。

信じてもらえない、という意識になってしまって、本当に大事なことを話してもらえなかったらお互いが不幸ですし、子どもから頼りにされない親になりたくはないものです。

息子はめちゃくちゃ頭がいい、運動ができる、というわけではありませんが、器用な感じで少しやれば平均以上にはできる、でもそれ以上にはいかないような性能です。
プライドは高くて練習も勉強もしないくせに負けたり失敗すると涙をこぼす。
悔しかったら練習しなさいよ、と言うのですが、どちらかというと負け戦に挑戦しない方に行っているのが悩みのタネです。

男親からすると、息子は同性のため何となく将来のためにはこういうことを学んだ方がいい、自分もこうだったから心配しなくていい、いずれこの経験が活きるなどわかる気もするのですが、正直娘はほんとどうしたらいいのかわかりません。女の子らしく、みたいな考え方も古いですし、今の時代はやはり一人でも生き抜くための力が大事なのかな、という感じです。

息子と違い、色々なことをやりたがる性格なのはいいのですが、力量と難易度を見極められないので無謀な挑戦が多いのが難しいところ。
あまり細かいことには頓着しない性格で、大雑把なところがありますが、基本的に愛嬌が良くて大人には好かれるタイプに見受けられます。

たまに親同士で子どものことを話すと、うちもうちも!となり、どこの子も一緒だなー、なんて安心する場合もあるのですが、大きく見ると似通った行動でも、そこに到る細部は子どもによって違うんだよな、と思ったりしています。
あまりに良い子ちゃんだけでも良くないですし、多少のずる賢さやルールを守らない部分もあっても良いと思っています(もちろん、子どものうちは、です)

子どもの時期はたくさん経験して、失敗すればいいんです。
喧嘩したり傷つけたり嘘をついたりして、仕返しをされて叱られて後悔して学んでいけばいい。

大人になるにつれて、失敗するのが難しくなる、と某アニメのセリフでもありましたが本当にその通りだと思います。

これを読んでいただいているみなさんはもうイイ大人になってしまいました。
子どものように誰かに迷惑をかける失敗や甘えが簡単に許される時期ではなくなっています。

ただ、誠実に、一所懸命に行動した結果の失敗は会社や仲間がフォローできます。

貴方の失敗も、誰かの失敗も、みんなでフォローすれば良いし、同じく成功したことだって支えがあるからできることだったりすると思います。
大人であるということは、社会的な責任を全うしている以上は自由です。
自分でお金の使い途も決められるし、行きたいところには行けるし、食べたいものも食べられます。

大人として為すべきことをして、自由に生きていきましょう。

私は子どもに対してはそんな大人になってほしいですし、みなさんに対しても同じように思います。
世の中には色んな人がいますので、様々な事情があるかとは思いますが、概ね親は子どもを愛し、心配し、理解しようとしているんじゃないかと思います。

たまに実家に帰ると、こんな太ったおっさんでも親は嬉しそうにしてくれて、更に太らせようとしてきます。
「子どもがかわいい」は外側のことではないんだな、と感じます。
もし機会があるならば親御さんや祖父母、貴方の小さい頃のことを知る方に自分はどんなだったか、そして自分をどんな風な性格だと思っていたか、聞いてみてもいいかもしれません。

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