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【サツドラヒストリー】―41年~前編―

※ こちらの記事はサツドラHD公式noteより転載したものとなります。


みなさんこんにちは!サツドラHD公式note編集部です。

サツドラの50年の歩みを振り返る「サツドラヒストリー」。
前回は31~40年目(2002年~2012年)までをお届けしました。

今回は41年目以降(2013年~)の出来事や、お二人の富山浩樹社長への想い、会社への想いについてインタビューした内容の前編をお届けします!

北海道共通ポイントカード「EZOCA」デビュー

―2013年は東証二部上場と、子会社のリージョナルマーケティングが設立されましたね。

そして2014年には北海道共通ポイントカード「EZOCA」が誕生しました。EZOCAについて、お二人が感じたことを教えてください。

富山睦浩会長(以下会長):
当社には元々「ヘルシーカード」というポイントカードがあり、当時約100万人の方が会員になってくださっていました。その際、全国的にポイントカードを行っている他社さんからの提案もいただいていたのですが、社長(現:富山浩樹社長)が独自で地域カードを作ろう!と考え、EZOCAを誕生させました。今では会員数が200万人を超え、地域カードの成功例の1つになったと感じています。

旧ポイントカードである「ヘルシーポイントカード」

富山光惠副会長(以下副会長):
ポイントカードは何枚も何十枚も持つ時代は終わり、どんどん集約されていっていますよね。当社のポイントカードも色んなところで使える利便性のあるものにしたいと思っており、社長からEZOCA構想の話を聞いた時はすぐ賛同しました。

―時代にマッチしている取組みだと感じられたのですね。

副会長:
そうですね。ヘルシーポイントカードが土台にあったため、それを北海道というエリアで広げていき、時代に合わせてより強いカードに育て上げていくきっかけとなりました。

スポーツチームや自治体などと連携した様々なカードを展開

東証一部上場

―そして2014年に東証一部に指定されましたね。当時はどのような想いだったのでしょうか。

会長:
まさか上場できるとは、と思ったのが正直なところです。
ただ、上場するからには責任があるので、それに伴って内部統制も整えていかなくてはならない、人材育成もしなければならない、と管理面を整えていきました。上場は良い会社にする一つの大きなきっかけになりましたね。

副会長:
責任としては二部であろうと、一部であろうと変わらないと思っています。ハードルは高いですが、上場し責任のある会社として成長していかなくてはならない。同じ苦労をするのであれば一部で苦労しましょうと、それで準備をしていました。二部というのは通過点でしかなかったですね。

―本当に率直な感想をお聞きしたいのですが、上場して良かったですか?

会長:
良かったと思います。
良い物件の話をいただいたり、良い人材が集まりやすく、上場したことが会社としての大きな成長へとつながったと思います。

―ありがとうございます。
そして、2015年にはインバウンド専門の大型店、狸小路5丁目店がオープンし、インバウンド向けの事業も始まりました。新たなサツドラの形が始まっていきましたね。

オープン日には従業員皆で狸小路の「本陣狸大明神社」でお参りをしました

世代交代

―同じく2015年に、当時営業本部長だった現富山浩樹社長が代表取締役社長に就任し、現富山睦浩会長が代表取締役会長に就任されましたね。
お二人から見て、子どものときお店の前で遊んでいた息子さんが様々な事を経験されて、社長に就任された時はどのようなお気持ちでしたか?

会長:
だんだん時代もIT化し、世の中の動きが変わってきた時に、若いうちにやった方が良いと、彼が37歳の時にバトンタッチしました。
最近ではコロナの影響もありますが、彼に変わったことでものすごい速さで変わってきていると感じます。様々な知識、新しい事柄の知見を持っていて私もびっくりしていますね。昔からそういった学校に通っていたわけじゃないですし。
僕と似ていると思うのは、どこでも飛び込んで行って情報を得るところ。
ドラッグストアや小売業に限らず、分野の異なった人脈によって様々な情報を得ていますね。
AIの会社を作ったり、色々な人たちと交流を持ったりなど、どんどん新しい事業を行っています。ただ単に物販を行うビジネスから、地域コネクティッドビジネスへ変革したのはタイミングとしては非常に良かったですし、今の時代にあった経営をしていると思います。

副会長:
そうですね、やるなら若いうちからという想いは私も一緒です。
本当はゼロからやってもらいたい気持ちもあったのですが、ゼロからのつもりで早いうちに苦労してやった方が良いのではないか、ということで世代交代しました。
年をとってきて古い考えを引きずっていくよりもこの時代の流れに乗って新しく変わっていくために、変わって良かったですね。

二人から見た富山社長の姿

―自分達が白衣を着ながらおもりをしていた子どもが、大学を出て違う会社に就職し、その後自分の会社に入り社長へ就任して、新しい事業も経験して。
副会長は母として、どのような思いで見られていたのでしょうか。

副会長:
そうですね、わたしは普通の母親より一つ距離を置いて見ていたと思います。可愛がってはいましたが、普通の母親よりもべたべたしていませんでした。客観的に一人のこれから成長する仕事人として見ていた部分が多いので、母親だから、という感覚は少ないですね。

―お二人から見て決して上から目線ではなく、富山社長が今、時代が目まぐるしく変わって、ウィズコロナになったこの現状を含めて、社長生活ここ10年弱…くらいをどのように見ていますか?

会長:
正直ハラハラしながら見ていますね。息子の成長にどう繋がっていくか。
サツドラという会社を母体として様々な事業を展開していくためには、会社としての柱を成長させていく必要があります。新事業のグループ会社も、働いている従業員一人ひとりが生活していく、食べていくためには、利益を出していかなくてはいけません。ただ会社を継げば良いということではなく、それぞれが収益を出せるような会社に成長させていくためにどうしていくかを、若手に任せて見守っています。

―先ほど「どこでも飛び込んで行って情報を得るところが似ている」という話がありましたが、会長は経営者として長くやってこられて、富山浩樹社長を見ていてどこか自分と似ていると感じる部分はありますか?

会長:
そうですね、一番はなんでも興味を持つことですね。
そしてやれる時にすぐにやる!と即行動する部分、色んな人と交流を持つ部分、自分自身が表に出て行って様々な交流をもって情報を得てビジネスに繋げていく部分など…こう考えると似ている部分が多く、お互い好奇心が旺盛なんだなと思いますね。

―副会長は会長と社長のお二人を見ていて、どう感じますか?

副会長:
共通点はチャレンジ精神、行動力。
ただ、根本的なところは違うと感じています。価値観も違いますし。
息子は小さい時から性格がとても優しいんです。相手を思いやる気持ちが根本にあるので、「経営者」という目線では人より辛い思いをするだろうなと昔から思っていました。経営者は厳しくクールでいなければならない時が多々あるので、そこでどれだけ厳しく進んでいけるか…という気持ちはありましたね。

―次回41年目以降のヒストリー後編に続きます。

最後までお読みいただきありがとうございました!
次回のヒストリーをお楽しみに。

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