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三菱UFJ銀行でとことんリスクに向き合ってきた私が、OLTAで挑戦する理由

沼田 太朗(ぬまた たろう) / コーポレートグループ長 兼 審査企画室長

教科書で学ぶことに違和感を覚えた学生時代

生まれ育ったのは横須賀市の浦賀というところで、小学生の頃は、サッカーに夢中になる友達が多い中、自分の場合はNBAが好きで、近所の公園でバスケをして遊んでいたのが思い出です。

小学校高学年で、親父から私立中学の受験を薦められて、進学塾に通い始めたのですが、何しろ勉強が嫌いだったもので、せっかく塾に通っていても全く身に入らず、定期テストの成績は、塾の中で下から数えて3番目。ですが、テストの成績順で座席が決めらていたので、素直に悔しいなと。そこから塾の先生に勉強のコツを教えてもらい、成績が上がっていきました。勉強が面白いというよりも、上位を狙うことの面白さを、この時に感じ取ることが出来ました。

その後、中高一貫の男子校に進学。ヨット部に在籍していましたが、私立の学校でヨット部なんて、お金持ちの遊びなんて思われがちなんですが、割と体育会系で、日頃からよく走らされました。

そして大学進学を控え、当時テレビで放送していた当時流行っていたドラマを見て、社会の権力に立ち向かうことに惹かれ、法曹界に進もうと思ったのですが、「そもそも勉強が好きじゃないのに、司法試験合格のために、ひたすら勉強する毎日を自分はしたいのか?」と考えまして。そんなとき、仲の良い友達が「一緒に同じ大学に行こうよ!」と声を掛けてくれて。他大学の法学部も受かっていましたが、これも何かの縁と思い、唯一法学部以外で受験していた東京にある大学の商学部に進みました。全然軸がないですね(笑)そもそも入学式までその大学に行ったことすらなかったです。

大学ではバンド活動もやったりしていましたが、大学の先輩からの紹介で、各大学の学生が集まるインカレ団体に参加し、その仲間から色々な刺激を受けました。各自役割が与えられていて、私の担当は企業からの協賛金集めなどの交渉。これが非常に面白かったですね。

ですが、勉強嫌いは大学に入ってからも治らず、教科書から学ぶことが前提の勉強は最後まで好きになれませんでした(笑)



リーマンショック直後のメガバンクへ

いよいよ就職となり、ジャーナリストになろうかなと思いました。戦場カメラマンになろうかなと(笑)割と昔から「正義」みたいなことが好きだったのですかね。なのでビジネスマンとかが一番縁遠い存在でした。

でも最終的に銀行に行くことにしました。当時リーマンショックが起きたタイミングでそれを新聞でよく読んでいたんですね。それですごく興味を覚えたんです。金融業のダイナミックさを違う意味で感じて。いつの間にかジャーナリストの勉強の一環で読んでいた記事が、リーマンショックってなんだったんだろうという興味が強くなってしまい、その世界に飛び込んでみたい!と思うようになりました。

結果、当時の「三菱東京UFJ銀行」(現:三菱UFJ銀行)へ入行。最初の配属は築地の近くにある支店でした。

その当時、リーマンショック後で、世間全体もお客様も、大変厳しい経営状況。銀行ではプロ意識の高い方々が多く、新人だった私は、自分の力不足を痛感し、精神的に追い詰められる感覚に陥っていました。ですが、とにかく目の前の仕事を目一杯頑張ってみよう、と気持ちを切り換えました。そのときに育てていただいたお客様は今でもよく覚えていますし、今OLTAで働いている理由になっている気もします。「あのときのお客様を今助けるんだ!」という気持ちですね。

当時一緒に働いていた方は、安易な言葉を使ってしまうと「器が大きい」方が多かったです。非常に生意気な仕事をしていた私に対して、耳を傾けてくれる方が多かったですね。当時の支店長と一緒に融資部に案件相談にいったのは良い思い出です。支店長と一緒に融資部に案件相談になんて新人が行くことなんて滅多にないのですが、その支店長は全く嫌な顔ひとつせず、連れて行ってくれました。ここでの経験が今後の私のキャリアの分岐点だったなと振り返ると思います。その後、行内表彰を受けたりしたこともあり、本店の融資部へ運良く異動することができました

融資部は各支店の支店長が決裁した融資をチェックしますので、支店の方とやりあうことも日常茶飯事です。中には「今からそっちに向かう!」と感情的になる方もいましたが、こちらの思いや、考えもしっかり伝え、こちらの意向を汲み取ってもらっていました。

ある日突然、お客様の粉飾事件が世間に公表されました。銀行にも影響が出る話となり、その対応に自分も関わって、8か月程どっぷり浸かっていました。その業務も一段落して、融資部の本業に戻ったら、神戸への異動を命じられたのです。


(入社してまもなく配属された支店の近くの公園で撮影した思い出の一枚)

リスクにひたすら向き合う日々

神戸での思い出は、ある中小メーカー様とのご縁を持ちまして、結果としてそのお客様は上場され、非常に感謝されたことですかね。元々、このお客様への融資は、私がいた融資部も渋るほど。私も奮起して、そのお客様の情報を目一杯頭に叩き込んで、融資部と話し合いを重ねました。ちょっと前までは融資部で支店と話していた自分が、今度は反対の立場で、本店に融資を迫っている(笑)そこまでする程に伸びるお客様だという確信があったからこそ、無我夢中になれたのだと思います。当時は世界で自分がこのお客さんのことを最も知っていると思い上がっていたんでしょうね(笑)

その後、本店の融資企画部の企画グループに異動したのですが、こちらもまたメンタルを鍛えられるような忙しさ、重圧が日々押し寄せてくる部署でした。銀行の意思決定に部分的にも携われる仕事ができたのは、振り替えれば貴重な経験を随分と積ませてもらいました。ここでは仕事に対する向き合い方や執着に対して学んだ気がします。本当に厳しい上司・先輩だったんですけど、なぜか嫌いになれないんですよ(笑)目指したい背中を見せ続けてくれた人ばかりだったからだと思います。

一連の銀行員時代に、私は本当に良い上司・先輩・同僚に恵まれました。未だに悩んだら「あの人だったらどう考えるだろう」と自問します。もう一度違う場所で一緒に仕事をしてみたいと思う方ばかりでしたね。

外資系コンサルからスタートアップへ

入行当初から定年まで勤め上げよう、とは思っていませんでしたが、出来るだけ多くの経験を積んで、同期にも負けないように活躍をしたい、という思いで頑張り、結果として、それは叶いました。金融業界に入ったのは間違ってなかったと今でも思います。その後、銀行以外の立場から、信用リスク業務に関わりたいと思い、ベンチャー企業を探しました。でもなかなか良いところが見つからず、一旦業界全体を俯瞰する意味合いでコンサルは?という思いから、外資系のコンサルティング会社にお世話になりました。

1年半ぐらいを経て、銀行員時代の先輩である歳森から電話があって、「今度飲みに行こう!」となりまして。飲みの席で「OLTAという会社に入った。クラウドファクタリングをやっている」とのこと。

(私がOLTAに入るきっかけとなった銀行員時代の先輩である歳森と)

銀行時代から、ベンチャー企業の独創性や魅力を、私なりに感じていたつもりでしたが、先輩の話に惹き込まれて直接オフィスを訪れることに。その先輩のことを本当に信頼していたので、もしかしたらこの人から持ち込まれた話でなければ聞いてなかったかもしれません。大きな組織からベンチャー企業に転職するときって「大冒険」っていう感じがして、なかなか一歩踏み出せないですよね。どこまで分析してもうまくいくかなんて確証は得られないし。私はこのとき、「この人が言うなら、この船乗ってみるか」という気持ちが結構強かったです。人の思いにかける、という転職の仕方もありだと思います。

このときは、まだ社員4名というアーリーステージのベンチャーでしたが、代表の澤岻をはじめ、彼らから話を聞いているうちに、クラウドファクタリング事業に関わりたいという興味が強く湧き出ました。帰り際、先輩に「良い会社に入りましたね!」と言ってしまって(笑)これは今でも「上から来たなぁ」と言われ続けています(苦笑)

入社直後は、カスタマーサクセスの立ち上げをやりました。属人的になりやすいカスタマーサクセスの流れを整理しマニュアルを作成したり、ダッシュボードを作成したり…。ほぼゼロに近いものを1にする過程は悩んだりぶつかりながらでしたが、大変おもしろいものでしたね。弊社のサービスはお客様にサービス内容を理解していただくのが難しいと思うのですが、金融のバックグラウンドがない人達にカスタマーサクセスができるのか?というのは当初の問題としてありました。「これカスタマーサクセスの人数増やせないんじゃない?」ということですね。結果的には教育コストなどをしっかり払えば可能ということを証明できました。マニュアルの作成などにも注力しましたね、当時はMUJIGRAMなどを思想設計する上で参考にしていました。

同時に銀行からの借入に関して奔走することとなります。今まで貸す側だったのが一点借りる側へ。ベンチャー企業が借りるのってやはり難しいと思うんですよ。将来のキャッシュ・フローを読むのってとてもむずかしいですし、しっかり読めたところで銀行としてベンチャー企業に資金供給するのって合理性を見出すのが難しい。

また、ベンチャー経営陣と銀行が言っていることが噛み合わないわけですね(笑)なのでその翻訳みたいな仕事だなと感じました。どちらの言い分もふむふむと聞いて、答えを誘導していく。金融機関に自分の会社を理解してもらうのは難しいですが、やはり嬉しいことでもあります。金融機関では「実態把握」はとても重要なキーワードですが、こちらもしっかり理解してもらうように実態を提示していかないといけないですね。

(入社2日目の歓迎会にてお寿司とお酒を囲む様子(写真中央の白シャツ))

仲間の成長を加速させたい

現在の私の業務は、コーポレートグループ長として多岐にわたります。財務、審査企画、コーポレート部門のチームビルディングを対応。銀行との融資交渉も。

(オフィスのテラスでメンバーの写真を撮影している様子)


今は自分のこと以上に、周囲の力を底上げしていくこと、それが会社にとって、とてつもなく大事なことであると思っています。OLTAは優秀な人が多いと実感しています。だからこそ、仕事に対するコンテキストを持っている現場の人間に対して、上の立場の人が邪魔をしないようには心がけています。

OLTAのバリューである「Orchestration」は常に意識しています。個別の音を合奏させて、如何にして効果的に成果を発揮できるか、ということを追求したいですね。私ができることはとても少ない。みんなに力をどう発揮してもらうか、そのことを追求したいです。


(社内でワークショップをしたときにファシリテーターをしている様子(写真左奥))

答えを決めつけない、疑問を抱くことが出来る方と仕事がしたい

「どんなことにも疑問を持てる方」と一緒にお仕事をしたいですね。金融機関で働いていたときの言葉で「健全なる猜疑心(さいぎしん)」というものがあります。堅苦しい言葉ですけど、今働いているベンチャーでも使える言葉で、好きな言葉です。

正解はひとつだけ、という事象も勿論あるのですが、例えば、色々と疑問をもってフラストレーションを抱いている方っていると思うんです。

「なんで〇〇なんだよ、絶対〇〇が良いんだよ、おかしいよ」とか怒りのパワーをお持ちのような方がイメージとして思い浮かぶのですが、こういう方も好きですね。

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