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【社員インタビュー:田中 雅也 (34) 】大手からのドベンチャー転職。自らチャレンジングな環境に身を置き、それを楽しむ社長の右腕。

2013年、日本ユニスト入社。社長の今村より絶大な信頼を置かれ、現在営業部 営業本部長を務める。
大手不動産で活躍していた田中の人生が、どのように日本ユニストに繋がったのか?そして、なぜチャレンジングな環境でコミットし続けるのか?その原点に迫ります。

まずは簡単に、田中さんのご経歴を教えてください。

大学卒業後、新卒で不動産の開発事業を展開する大手上場企業、日本エスコンに入社し、今村(日本ユニスト 代表取締役)と出会いました。そうして4年半勤務したのち、三井不動産リアルティ(三井のリハウス)に転職。1年半、不動産の基礎知識を学び、今村が立ち上げた日本ユニストに入社しました。現在は営業本部長を務めています。業務内容としては土地の仕入れから企画立案、コンセプトの設計、銀行や売却先との交渉など一気通貫で行っています。

新卒1社目で今村社長と出会ったのですね。

はい、当時の今村は日本エスコンに中途で入社しており、僕の2ヶ月先輩でした。
ただ、同じ部署になったことはないんですよ。代わりに今村からの誘いで一緒に営業に同行する機会やランチに行く機会が何度かありました。そんな中「独立するから、将来一緒にやろうや」と、ずっと声をかけていただいていたんです。

なぜ田中さんに声がかかったんでしょうか?

僕、生意気だったんだと思います。
当時、バリバリ活躍していた今村に「今村さんには負けないっすよ!」と言っていました。
そんな生意気を言うのは僕だけだったらしいんです。

田中さんのそのアグレッシブさに、目が止まったのですね!

そうですね。ただ、当時は本当に勢いだけだったと思います。
実は日本エスコンに入社したきっかけは建築系の会社だと勘違いしていたからです。大学では土木を学んだこともあり、建築系の仕事に就きたいと思っていたんですが、それでも一緒に働きたいと思える人たちでしたし、先輩から言われた「田中は営業、向いてるよ」と言う言葉を素直に受け止め、「営業が向いてるんだったら、営業で頑張ろう」と思ったから入社し、とにかくがむしゃらに頑張っていました。



その後はどんな流れで日本ユニストに入社したんですか?

まず日本エスコンの退職は、今村と同時期でした。
そうして今村は「日本ユニスト」を創業。僕はというと、日本ユニストは立ち上げたばかりということもあり、今村と打ち合わせた上で、一旦別の企業に入社しました。いわゆる “修行” に出ることになったんです。いろんな転職先候補があったんですが、内定をもらった企業を今村に共有し、その中で「ここやろ!」と言われた三井不動産リアルティ(三井のリハウス)を選びました。

この時のエピソードで、いまでも今村から言われるのが、僕のスピード感が素晴らしかった、と。
日本エスコンからの転職活動を始める際に「履歴書をみるから作ってこい」と今村に言われた僕は、すぐに作って持って行ったらしいんですよ。それが印象的だったようです。僕は覚えてないんですけどね(笑)

“アグレッシブさ” と”スピード感” があったからこそ、一緒にやるなら田中さんだったんですね。

自分としてはナチュラルにやっていたことですが、確かに今村は見ていてくれたんだなぁと思います。

あとは今村社長と田中さんがとても良い関係性というか。田中さんから見て、今村社長はどんな方ですか?

僕は今村のことをとても尊敬しています。当時からめちゃくちゃ仕事ができて、上司にもガンガン噛みついていたんです。それでいて、言っていることは筋が通っているし、軸はブレないし。僕にはできないことだったので “かっこいいな” “すごいな” と思っていました。だからこそ、信じて付いて行こうと思いました。

それでは、いよいよ日本ユニストへの入社ですね!転職してみていかがでしたか?

それが転職するまでに苦難があったんです。僕としては日本ユニストへの転職は心に決めていたことでした。ただ、大手(三井のリハウス)の看板を捨てることや、給与が下がることに対して、嫁と2-3ヶ月ほど戦いましたね。特に嫁はお金の心配をしていたので、1年分の生活費を事前に渡し、まずは1年挑戦させてくれと、力技で説得しました。その後、前職を退職=退路を断つことによって、自分自身でも「もうやるしかない」という状態まで持って行きました。




入社当時は社員5名。大手からのドベンチャーへの転職。ズバリ、転職してみての感想はいかがでしたか?

ベンチャーならではの “スピード感” と “業務量” に驚きました。
それまではゆっくり、決められたことをやるだけだったんですが、日本ユニスト入社当時はルールも何もないですし、何から始めましょうか?という状態です。それでいて朝9時にオフィスでメールを打っていたら「いや、お前営業いけよ(怒) 」と。営業がオフィスで座っていても、数字は生まれませんからね。

そうして情報収集のために、不動産屋のリストを片手に、営業に出向き、2ヶ月で1,000社くらいは回ったかと思います。夜にはオフィスに戻ってお礼メールを送って。ラッキーパンチはあるかもしれないけれども、一気には数字が出ない。まずやるべきことは “基礎を作ること” というのは理解していたので、ひたすら行動しました。

同時に当時28才の僕は、5年後の33才で独立したいと考えていたので、知識・人脈・お金を稼がなあかん!と頑張っていました。

当時、何か印象的なエピソードはありますか?

傷ついたエピソードならあります。
ある日、社長と話していた時に「田中、お前とは会話にならん」と言われたことがありました。「あれ...俺...、社長と会話できひんのや」とショックを受けました。本当にショックで、それ以降は第3者を通して今村とコミュニケーションを取るように(笑) 改善のため、初心に立ち返って、コミュニケーションの学校に通ったりもしましたね。

えっ、そうなんですね! “自分は悪くない、話が通じないのは社長のせい”という考えにはならないんですか?

ならないです。誰かのせいにした時点で、僕は終わりやと思ってます。基本は全て「自分」に責任がある。人のせいにする人や自己評価が高い人は伸びないということもありますし、そういう人が組織にいると空気も悪くなって、一緒に働きたくないですよね。だから、人のせいにはしません。日本ユニストとしても、大切な採用のポイントです。

なるほど。いまの田中さんのご活躍は、きっと “他責ではなく自責で物事を捉える思考” があったからこそですね!

そう言っていただけるのは、本当にありがたいことですね。
とは言え、入社6年目ですが、成長を感じるようになったのはここ3年のことです。特に成長を感じたのは、ちょうど3年前に業績も低迷し、退職者も一気に出た時期でした。残った社員は、社長と事務2名と僕のみ。誰が数字を作るのか?僕しかいなかったんです。当時は東京にも大阪にも不良在庫があったので、飛び回り、進んでいる案件もあったので、ただひたすらにやるしかないという状況になりました。それを乗り越えたことも成長に繋がっていると思います。

そんな大変な状況で、田中さんはなぜ日本ユニストに残ったのですか?

「僕が退職したら、社長は困るよな」と思って。当時は会社の財務状況も全部わかっていたので、辞める状況でもないというのも理解していました。そもそも辞める気はなかったです。

ただ、たった1度、このまま行けば日本ユニストは3ヶ月後に潰れるかもしれないというピンチがありました。その時は流石に焦ったのですが、その課題が1ヶ月でクリアできたんです。その1ヶ月、色々模索する中で、様々な方から新しい知識を教えてもらい、銀行との交渉のノウハウも溜まり、「これだったらあと1年いけるやん」「これでいけるんやったら、もっとできるやん」と道がひらけて、経営という視点を持って成長できた時期でした。




...とは言え、大丈夫かな?退職しようかな?と心が揺れることはなかったですか?

ないですね。
業界内で「日本ユニストは潰れるぞ」と噂された時期もありましたが、何を言われても「ぜんっぜん大丈夫ですよ!」と言っていました。先ほど話したように、実際に経営的な観点では問題がなかったですし、感情ではなくロジック、つまり経営者視点に立つことができるようになったから、惑わされなかったというところもあったと思います。

あとはずっと変わらないことがあって、それは今村を絶対的に尊敬しているということです。だからこそ今村に嘘はつきません。嘘をついたら、僕のことを信頼できなくなるからですね。あとは今村が嫌なこともしません。例えば不動産業界の慣習であっても、やたらとそれに迎合しないとか。

ちょっと意地悪な質問ですが、今村社長を信じられなくなったことはないんですか?

ないですね。


言い切れるところがすごいですね!

ところで、先ほど田中さんは日本ユニストで5年修行したのち、33才で独立する目標があるとおっしゃっていましたよね。現在、田中さんは34才だと思うのですが....

そうですね、予定から1年過ぎてしまいました(笑)
僕はいま、今村と一緒に仕事がしたい。今村は会社をどんどん大きくしたいと言っていますし、そのためには数字を上げなければならない。現在、日本ユニストは2025年までに時価総額3,000億円、2050年に時価総額5兆円を目指していて、その数字を僕が先頭に立って作り、日本ユニストが大きくなった暁には、それを支えた中心に僕がいたいと思っています。ちなみに今期はもともとの計画が売上20億円を目指していたところ、あえて途中で60億円というチャレンジングな目標に変更しました。結果として半期で35億円を達成することができたんです。高い目標を立てる重要性を感じましたね。

目標を達成する上で、重要なポイントの1つが “採用” だと感じるのですが、日本ユニストではどんな人材を求めていますか?

ポジティブかつ自責で物事を捉えることができる人を求めています。
例えば、僕の場合、動かす金額も大きいですし、今村同様の決裁権限・裁量権を持っているので、プレッシャーはありますが、楽しんで仕事できています。楽しめるかどうかは、ポジティブかつ自責であることが大切だと思っていて、僕が逃げたら誰もできひんやん(笑) 、とポジティブに思えるから楽しいです。まあ、任せられているから逃げられないというところもありますが(笑)

自らチャレンジングな環境に身を置ける人 かつ それを楽しめる人、という風にも言い換えられるかもしれませんね!

そうですね。あとは基本中の基本ですが、素直な人、ありがとうございます・すみません・わかりませんが言える人。営業であれば盛り上げるのが好きというのもいいですね。

いまは徐々に人も増えてきて、いいメンバーが揃ってきています。大手不動産会社から転職してきてくれる人もいます。この調子で業績を伸ばし、みんなが年収1,000万円もらえるような業界トップ集団を目指して行きたいです。そのためには本当に優秀な方を採用していきたいと考えているので、僕の話を読んでこの環境が気になる人や、少しでも興味を持ってくれた人は、今村に会いに “とりあえずオフィス訪問企画” にきてみてください!お待ちしています。

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