1
/
5

【開発本部 インフラエンジニア 水沼広明】インフラエンジニアとして、裏方を担う

「インターネットの世界で働きたい」と片田舎から東京へ。

特定分野で「あの人に聞けばわかる」という存在になりたい。

マクアケを通して社会貢献し、目をそむけていたことへ向き合う。

――水沼広明(インフラエンジニア)

音楽番組でサイバーエージェントの藤田社長を知る

宮城県にある、小さな海沿いの町で育ちました。最寄り駅まで30分歩き、30分電車に揺られて高校へ通うような。そんな田舎で育ちましたが、母がもともと都内で働いていたのもあり、東京に行こうと漠然と思っていたんです。

工作や絵を描くことが好きでした。祖父がコピー用紙を300枚くらい買ってきてくれたので、色鉛筆でそれにひたすら絵を描き続けていたこともありました。今エンジニアとしてものづくりをしているのも、もともと好きなことが関係しているのかもしれませんね。

高校生くらいになるとヒップホップが好きになりました。ヒップホップのテレビ番組を観ていたところ、サイバーエージェントの社長である藤田さんがゲストで出ていて、すごく印象深かった。音楽番組にビジネスパーソンが出てくることも少ないし、かっこよかったんですよね。

その時、ヒップホップとインターネットって似ているなって思ったんです。ヒップホップって楽器を演奏するわけでなく、CDやレコードを活かして演奏する。デジタルだし、アナログの楽器と対極をなす感じがして、それがインターネットの概念とシンクロしたんです。

「東京へ行ってインターネットを学びたい」

そう思って、情報技術が学べる東京の大学へ進学しました。3年生のときに入った研究室の先生と出会ったのは、とても大きな経験です。「プログラミングは目的ではなく手段だ」という考え方だけでなく、分からない箇所について詳しい人を紹介してくれたり、アルバイト先を勧めてくれたりと、人脈の大切さも教わりました。研究内容は、Twitterやニコニコ動画が人間社会に与える影響や、それに対応するシステムやWebサービスなど。抽象的な考え方も身に付き、とても有意義な2年間だったと思っています。


サイバーエージェントでスキルを積み上げていく

卒業後は、テレビで藤田さんを知ってから気になっていたサイバーエージェントに入社しました。Amebaブログは国内のブログサービスでトップだったので、インターネットでナンバーワンのサービスがある会社に入るのは面白そうだと思ったんです。

コーディングのスキルがなく、何もわからない状態で最初のプロジェクトを担当。比較的大きいWebサービスの開発運用で、動かすだけでなく、トラフィックが増えたときの耐性なども考えて構築していく難しさがありました。

いくつかプロジェクトを経験した後、ペットのSNSアプリの開発チームに入ったんです。Ruby on Railsという当時社内でも新しい技術を使っており、それまで主にJavaを使っていた自分にとって初めての領域。ひたすら技術書を読み、課題をこなして勉強をしていきました。知らない分野であるという負い目もあり、仕事も深夜まで及ぶことも。スキルがあれば1時間で終わることも3時間ほどかかったりして、気持ち的にもプレッシャーが強かった。ただ、3ヵ月ほど経ったら楽しくなってきたんです。

ペットのアプリだったので、自分も楽しもうとジャンガリアンハムスターを飼いました。自分で好きなもの、使いたいものを理解した上でプロダクトを作りたいという思いがあり、この時はペットを飼う気持ちを知りたかったんです。ハムスターはプロジェクトにいる丸2年間生きていて、大切な友だちでしたね。

その後はグループ会社に出向して、ベンチャーのように人の少ない中であれもこれもと幅広く担当しました。それまで僕はバックエンドエンジニアだったので、専門のインフラエンジニアがいたサイバーエージェントではインフラ周りはやらなくてもよかったんです。でも、出向先では広範囲を担うフルスタックエンジニアとして挑戦。新しいものを設計したり、AWSを扱ったり、ツールを使って作っていったりと、初めての経験を重ねていきましたね。

その後はサイバーエージェントに戻って、広告運用を効率化するためのレポーティングツールの立ち上げに。僕ともうひとりで開発をスタートし、その後少しずつ人を採用していくなど、マネジメントの経験も積むことができました。

いろいろなプロジェクトで少しずつ経験を積み上げてきた実感があります。ある程度自信が付いたのもあり、社内でジョブローテーションの希望を出したんです。プロ野球でいうFA権のようなもので、社内やグループ会社からオファーが来る仕組み。そこで、マクアケから声をかけてもらいました。「Makuake」はユーザーとして使っていたので、最初から興味が湧きましたね。


ベストエンジニア賞をいただき、SREチームへ

マクアケの話を聞くと、ミッションに対する熱量がとても強かった。僕の話もよく聞いてくれました。当時は、バックエンドの技術スタックを変更したり、アーキテクチャを刷新したりするタイミングで、僕にとってはどちらも明るい分野。会社から求められるところと自分のスキルがマッチしたんです。

最初は開発本部でiOSのバックエンドエンジニアとして開発をしたり、決済システムを刷新する際にインフラ基盤を整備したりしました。インフラのコード化の実績では、ベストエンジニア賞もいただいたんです。

その後、今のSREチームに入りました。急成長中の『Makuake』において当時のチームミッションは「サイトを落とさない」ということです。サイトが頻繁に落ちると、信頼性が下がってしまいます。一般的にサービスの価値が高くなるとたくさんの人が訪れるようになり、成長に伴ってシステムは複雑化していきます。だから、故障したり落ちたりする心配が増えるんです。その反面、信頼性、可用性がより重要になっていく。落ちるだけでなく、パフォーマンスも重要。システム開発の中でも、裏方中の裏方なんですよね。

担当者以外だと伝わりづらい裏方の役割でも、きちんと評価をしてくれるのでやりがいがあります。CTOが理解を示してくれる。新しいアーキテクチャや仕組みを取り入れて問題を解決したいと提案すると、CTOが寄り添ってくれるんですね。細かく見られるわけではなく、重要だと理解して任せてくれる。そういった信頼し期待されているという実感が強くあります。

僕たちは開発者に向き合う仕事でもあります。面倒な作業を効率化するツールを導入したり、自動化したりするんです。トラブルがあると、開発者が障害対応に一日中時間を奪われることがある。そういったものを減らしていくのも僕たちの役割です。


これからはリアクティブからプロアクティブに

「システムが落ちたから対応します」「アラートが鳴ったら確認します」という、何か事象が発生した後で対応する状況では、スケールしないと思っています。問題が起こるときは起こるのですが、あらかじめ起きたときのために切り分けやすくしておいたり、可視化しておいたりすることが大切です。

リアクティブでなく、事前に先回りしておくプロアクティブに変えていく。そのために、システムの状況がすぐにわかるよう観測可能な状態にしておく。今はチームとしてその部分に力を入れています。

個人としては、強い専門性を持ちたい。クレディセゾンのCTOである小野和俊さんの「ラストマン」戦略を参考にしていて、何かの領域で、チーム一、社内一、グループ一、業界一、という成長のステップを踏みたいんです。「この分野で、水沼がわからなければしかたない」と言われるくらいの専門性を身に着けたいですね。それは、今マクアケでやっている分野で磨いていきたいと考えています。

専門性を磨きながらやりがいのあるインフラを担い、その先に社会貢献がある。納得感を持って仕事ができていると感じています。


取材・執筆:栃尾江美 Website

株式会社マクアケ's job postings
16 Likes
16 Likes

Weekly ranking

Show other rankings
If this story triggered your interest, go ahead and visit them to learn more