インビジョン 出会いの初めは 世界旅 染み渡ってゆく 人の繋がり
鶴見さんへ
お元気ですか?まことです。
あの出会いから5年、私はインビジョンの戦略人事になりました。
全ての始まりだった鶴見さんとの出会いを短歌にしたんです。
その裏側の物語を書いてみます。
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原体験は、中学時代だった。
「部活内でハブられた」
当時とにかく人に嫌われたくなかった私にとって、初めて味わう大打撃。
でも、思い詰めた結果気づいたのだ。
この辛さを知ったおかげで、私はこれから人に優しくできる。
私の中に「出来事すべてに意味がある」という価値観が生まれた瞬間だった。
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時は過ぎ20歳になった私は大学生活の9割をバイトに費やしていた。
そんな中「人はハタチで人格が決まる説」を耳にする。
私、このままで胸を張って社会に出られるか?
そう考えた時、あの価値観が浮かんだ。
全てに意味があるなら、善悪の概念自体が疑わしくない?
私の価値観だって、育った環境の中だけで創られたもので、実はすごく偏ってるかもしれん。
色んな人の色んな価値観に触れ、心の幅を広げよう。こうして私は5ヶ月間の世界旅に出た。
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海外に行くと価値観が変わるとよく聞くけど、実際に旅に出た結果、私は逆だった。
世界も同じ人間界やん!と笑
どの国のどの階層の人だって、嬉しいことは嬉しいし、悲しいことは悲しい。
人間ってやつはどこまでも人間だな!と旅に出て腹落ちしたのだ。
そして、人生において大事な出会いが。
アメリカで宿泊先のドミトリーの部屋に入った時のこと。
「もしかして日本人?」と話しかけてきた女性、それが鶴見さんだった。
彼女は東京で自分らしさを大事にする会社で働いていて、私はその話にとても共感した。
久しぶりに会う日本人に嬉しくなって会話も弾み、連絡先を交換。
まだ、この出会いが将来を決めるなんて思ってもいなかった。
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帰国後、私はさらに人の心を深掘りする力を身に付けたいと思い、誰かの人生の選択に深く寄り添う仕事に憧れていた。
そして、学生と深く向き合うと噂の会社でインターンを開始。
実際にその会社は常々、「まこ、それでいいの?」と厳しくも成長を応援してくれた。
「成長したいなら、ここに入社せないかん」
そう考えるも、どうしても拭えない気持ち。
「何でこんな苦しいんやろ?本当にこの道を進むべきなんか?」
だれかにこの悩みを相談したい。
そうして私は、鶴見さんに連絡をした。
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再会した鶴見さんは、私にある会社の存在を教えてくれた。
旅の時に話していた仕事で、協業していた会社だそう。
私と価値観が合いそうだと教えてくれたその会社こそ、インビジョンだった。
どんな会社なのかと説明会動画を開くと、そこで発されていた言葉に一瞬で心を掴まれた。
「ありのままのあなたで会いに来てください」
思わず涙が出た。
これまで、〜すべき、成長せねばと自分に鞭打ってきた私に「大丈夫。ありのままでいいんだよ」と言ってくれている気がしたのだ。
迷わず選考へ進み、最終面談で社長の誠吾さん、後の上司となる智菜さんとご飯へ行くことに。
そこで、自分の弱さとばかり向き合ってきた私に智菜さんが言った。
「できないことを補うのがチーム。得意を伸ばせばいいんだよ!」
ああ、私に必要なのはこれだ。自分を好きになれる場所で働こうと、インビジョンへ入社を決めた。
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配属は戦略人事。正直、当初は一人前の人事になりたいとか明確な自己ビジョンがあったわけではなく。
だからこそまずは目の前のことをよく考えた。
論点思考、プロセス分解、ビジネスリテラシー...点を線で繋げるように、全力疾走の日々。
ビジョンを明確にしていく上で「自己理解」というテーマは大事にした。
自分やメンバーの自己理解を深めるため、MBTIに基づく全員分の取扱説明書を作り、メンターをした仲間の自己肯定感が生まれ前向きになってくれたりもした。
すると、社内で3ヶ月ごとに行う「おダシ祭り」で、最もおダシを体現した人を表彰するおダシ賞を4連覇。年度末にはMVPをもらえた。
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今年、インビジョンの戦略人事は火起屋に生まれ変わった。
火起屋のミッションは社員全員が「働く幸せを感じてる」と胸を張って言える組織作り。
今はそこに活かすべくNLPの資格を取り、幸せの定義を洗い出してまとめたり、メンバーのポータブルスキル向上の仕組みを考えている真っ最中だ。
そして自己ビジョンも定まった。
「心のほぐし屋さん」として、誰もが自分に優しくできる世界を作る。
過去の私みたいに苦しむ人に「わかるよ、でも大丈夫だよ」と寄り添う人になる。
全ての人が自分らしく生きるために。
あ、最後に火起屋として一言!
自分らしく働き世の中良くしたい方、インビジョンで待ってまーす!