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自分を超え、部署を超え、全社を巻き込む。セールス濱田の挑戦する心意気と強み

2020年3月現在freeeで働く濱田 真衣。
彼女が経験してきた道は決して、順風満帆ではありませんでした。そんな彼女を支えたのは周りのサポートと自身の努力。どうしてfreeeで働くことを選択し、現在どのような想いを持って仕事に取り組んでいるのか。濵田のこれまでとこれからをひも解きます。

ミッションへの共感、自己成長を求めfreeeへ

▲今でも仲が良いという前職時代の同期と

新卒で人材紹介会社に入り、中小企業に向けた採用支援を行っていた濱田。ここで営業に対する自分の考えが形成されていきました。
そして、濱田の努力と高いコミュニケーション能力は一気に開花。メキメキ結果を出しました。

濱田 「良い上司に恵まれ、成果が出始めて、営業成績含め自分なりの目標が達成できました。3年目には社長に直談判して、地元である福岡支店の立ち上げを経験させてもらいましたね。採用は東京よりも地方の方が難しかったのですが、地元に貢献できている実感もあり、喜びを感じていました」

そのあと濱田は、札幌エリアの開拓で北海道に行くことに。そこで次第に他の会社も見てみたいという考えが芽生えてきました。

濱田 「働く社員・風土ともに大好きな会社でしたが、社会人4年目を迎えるにあたって成長意欲が出てきたんです。具体的には、もっと営業スキルを高め、より新しいことにチャレンジしたいと思い始めて。

そこで難易度の高い営業ができること、心から共感できるミッションやプロダクトやサービスがあること、女性でも営業を続けられそうな環境があることを軸に転職活動を始めました」

そのときに転職サイト経由でfreeeからオファーを受けた濱田。当時は会計・人事労務知識だけでなく、ITリテラシーもまったくありませんでした。 そんな状況でもチャレンジしようと思ったのは、freeeのミッションに共感したからでした。

濱田 「採用支援をしていると、日々忙しそうにしている社長や担当者を目の当たりにします。なので、当時のfreeeのミッションである『スモールビジネスに携わるすべての人が創造的な活動にフォーカスできるよう』という言葉が、自分に刺さりました。中堅中小企業に対してのベストソリューションだと思ったんです。

さらにHPで『マジ価値』『あえて、共有する』など、freee独自の言葉を使ったカルチャーを目にして、とても共感したのを覚えています。 まったく無知な世界で実際に業務をするのは、覚えることも多くハードルも高そうだけど、新しい自分に出会えそうと思いチャレンジを決意しました。

面接では会う人が全員、自分よりも遥かに優秀に感じ、この会社に入ったら絶対に成長できると確信しました。しかし会計の知識に乏しい当時の私にとってはレベルが高く、正直何を言ってるかわかりませんでした(笑)」

社会人人生、初めての挫折

▲挫折時代、持ち前の明るさはあるが家では泣いていた

ワクワクして入社した濱田でしたが、これまでの営業経験はまったく通用しませんでした。日が経つごとに、どんどん自信を喪失していきます。

濱田 「『商材が変わっても、なんでも売れるっしょ!』と天狗になっていました。それくらい自分の営業スキルに自信があったんでしょうね(笑)。しかし入社3カ月が経過しても売れる兆しがまったくなく、鼻が圧し折られました。

自分なりに、周囲に相談したり、同行をお願いしたりと踏ん張っていたのですが、『売れるイメージが湧かない』経験は初めてで、本当にしんどかったです」

商材が変わり、売れるまでの筋道を完全に見失った濱田。会計知識やプロダクトの使い方をキャッチアップした後でも、苦悩は続きました。

そんな長いトンネルから抜け出せたのは、freeeで大事にされている「アンラーニング」でした。これは今までの経験や固定観念などはいったん捨ててまっさらにすること。

濱田 「いったんゼロベースで考え直すことにしました。すると今までの営業と、freeeの営業の違いに気がつきました。

前社での私の営業の思考はとにかく『行動量』でした。感覚的に提案を繰り返していて、今思うと当時はお客様に助けられていたんだなと痛感します。freeeで意識を変えたのは提案の『質』。いかに一件を考え抜いてお客様にインサイトを与えられるかが重要で、件数をこなす考えは、いったん捨てました」

そのとき、担当していたのはfreeeを導入するか悩んでいたお客さん。濱田はとことん向き合い、考え抜きました。

濱田 「まずは担当者さんが実現したいことがfreeeによってなぜかなうのか資料化し、理解いただきfreeeのファンになってもらいました。当時は資料作成に10時間以上かかっていたかもしれません(笑)。しかし、システム導入には担当者さんが上司を説得しないといけないし、何より決裁者は社長でした。

担当者さんはfreee導入に意欲があり、社内の業務改善に使命感を持っていたので、関係各所を集めた社内会議をセットしてもらい同席し、上申を手厚くフォローしました。そして何度も会社に通い、やっと導入を決めていただけました。ここまでくるのに半年はかかりました」

freeeのセールスとしてお客様に価値を届けられるようになったのには、freee社内のサポートにありました。

濱田 「当時のジャーマネの時間を奪って相談し尽くし、アクションをやりきりました。そして思考回路も活動の仕方も、徹底的にまねたんです。その人とは性格が正反対でぶつかることも多かったのですが、個人の成長のためにとことん時間を割いてくれるのが、freeeのジャーマネの尊敬するところです。これは、freeeのカルチャーでもあり最も感動した点です。

そこからは提案が通るまでの道筋がわかるようになって、リードタイムも早くなったし日々対峙するお客様に価値を届けられるようになってきました」

『あえて、共有』し、人を巻き込む

▲セールスアワードで表彰されたメンバーと

徐々に努力が数字にも現れてきた濱田。それからはfreeeでいろんなことにチャレンジしています。

濱田 「まず私の経験を周りに還元したかったんです。入社してきてすぐの人がどうやって最短で成果を挙げられるようになるか、私の入社からの経験を言語化することが必要だと思いました。それからは社内SNSでポジティブ・ネガティブ含めて経験を言語化することを常に意識して発信しています」

さらに、高村 大器が中心に仕掛けた『守破離プロジェクト』の旗振り役も務めています。これはお客様にマジ価値を届けられるようになることを目的とした営業研究会。セールスメンバー同士でディスカッションをして提案を出し合い、気づきをアクションに生かすことをゴールにしています。

濱田 「自分のように入社して成果が出るまでに苦しむセールスを減らしたい、できる限り早く価値が届けられるようになって自信が持てるようになってほしい。その想いに共感して、自分がプロジェクトのオーナーをやりたいと言ったんです」

濱田の挑戦は、これだけには止まらず事業部外も巻き込み始めました。

濱田 「事業部内で勉強するのは当たり前だけど、事業部外からも学びを得られるのではないかと考えました。そこで定期的に企画を組んで、他事業部でトップセールスになった方を呼ぶなど、人の知見を言語化して『あえて、共有』する機会を増やしたんです。

周囲を巻き込むのは得意分野だし、幹事やリーダーは昔から任されることも多く、強みが生きました。人が喜ぶのを見るのって最高ですし、自分がオーナーシップを持って取り組むプロジェクトが増えてきたことで、営業としてはもちろんですが、人としてレベルアップし続けていると感じています」

さらには自分のセールスでも、これまで誰もやらなかった方法でユーザーにアトラクトしました。

濱田 「導入が決まったお客様にアドバイザリーをしているカスタマーサクセスチームのメンバーを提案フェーズで連れて行ったんです。相手が抱えてる不安を払拭するために安心材料として、それがベストだったんですよ。それで導入にいたったのですが、これも自分の巻き込む力が発揮された局面だと思いましたね」

その後濱田は、社内セールスイベントでベストオペレーション賞を獲得。ほぼ毎週2時間、合計で20回にも及ぶセールス勉強会を実施した結果、成果を出したメンバーを7倍に増やすという、チームの大きな成果の創出に貢献しました。

全社会議の司会に抜てき、そしてふたたび九州へ

▲全社会議でMC中

濱田は毎週行われているオールハンズ(全社会議)の司会に抜てきされ、社内で濱田を知らない人はいなくなりました。

濱田 「司会の依頼が来たのは、壁を乗り越えてすぐでした。チームに閉じるタイプではないから、私にも会社にもいい影響があるんじゃないかって推薦してくれたんです。半年にわたって自分の抱える仕事もしながら、毎週全社会議の司会をするのは大変だったけど、今まで以上の臨機応変力と調整力がつきました。

オールハンズはfreeeのカルチャーを体現する会議でもあって、司会のふたりがその会議のオーナーなんです。運営を経験することで全社を巻き込む実感だけでなく、あらためて自分がfreeeの一員だという意識が強く持てました。freeeにはカルチャー推進部がありますが、ただそこに任せて社内イベントを傍観するのではなく、何ごともオーナーシップを持って取り組む意識も身につきましたね。

またfreeeが上場した日には東証の鐘が鳴る時間に合わせて、『全国の有名な鐘を鳴らす』プロジェクトでも中心となって全国中継をつなぎました。freeeの“アソビゴコロ”は本当に大好きです」

入社一年半で、社内でも存在感を増してきた濱田。彼女が取った選択は、さらに周囲を驚かせることになります。

濱田 「私事ですが、2019年6月に籍を入れ、24時間が自分だけの時間ではなくなりました。これまでは割と仕事中心で、プライベートは二の次な(怠惰な笑)生活でしたが、今はどちらも私を形づくる重要な軸になっていて、絶妙なバランスで毎日を過ごせています。

そこで2020年に入り、ジャーマネに相談し本社東京を離れ地元である九州支社に異動をさせてもらったんです」

九州支社ではやりたいことが3つあると言います。1つ目は、地方にマジ価値を届けること。2つ目は、本社と支社の違いや課題をできるだけ取っ払うこと。3つ目は、フレキシブルに働ける環境をつくる濱田の人生設計に関わる大切なこと。

個人としてもパワフル、それに周囲を巻き込むエネルギーを持った濱田。これからもfreeeに欠かせない存在として活躍してくれるに違いありません。

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