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【社員紹介】デザインとプログラミングは独学からのスタート!高校には進学せず、人とは違う道を歩んできた彼女のユニークすぎる半生とは

Webを中心にデザイナーとして数々の経験を積んできた甲斐一再(めぐる)だが、実はデザインもプログラミングも独学からのスタートだ。インターナショナルスクールを出て、高校には進学せず、人とは違うユニークな道を歩んできた。大学卒業後は即起業。自身の会社の傍ら、友人とともにスタートアップの立ち上げも経験した。デザインのスキルは折り紙付き。そんな彼女が、縁に導かれるようにfor Startupsへたどり着いた。

インター~大検~大学~起業。人と違う道を歩んだユニークな半生

「大学時代は、アルバイト代をもらうと1冊2000円、3000円とする技術書を買い、隅から隅まで読み尽くしていました。今ほどスマートフォンは普及していなくて、ネットで調べるのも簡単ではありません。大学で、授業そっちのけで技術書を読み、紙のノートにHTML書いていました」。甲斐は当時を振り返る。授業が終わると大学のパソコンや、父の仕事のお下がりで入手したパソコンで試し、ホームページをつくるのに熱中した。

小学校高学年で東京に転居し、インターナショナルスクールに編入。親は高校から海外に行かせるつもりだったが、甲斐は「もう少し日本にいたい」と見送り、中卒1年目、16歳で受けた大検(現・高認)にあっさり合格する。普通の人が高校生活を送っている間、友人の家がやっている六本木の日本料理屋でアルバイトをしていた。

父は自営業で、様々な会社と仕事をし、常に国内外を飛び回っていた。主に子育てを担っていた母は大らかな気質。そのような両親だったため、本人の自主性を尊重し、物申すようなことはなかった。そのような生活のなかで、パソコンと出会う。「元々オタク気質。昔から何かを分解したり、家電製品を直したり、よくしていました」という甲斐は、たちまちはまった。そして大学に進学できる年齢になり、経済学部に進むのだが、ますます夢中になり、授業中も技術書に読みふけっていたというわけだ。

大学卒業、即起業。インター時代の友人を手伝いスタートアップの立ち上げも

甲斐のユニークな歩みは止まらない。大学卒業後は、一度も就職することなく起業することに。大学時代、甲斐はパソコンでの様々な制作活動のために、オーストラリア人が営むレンタルサーバー会社からサーバーを借りていた。甲斐のつくるホームページを見たその会社の代表が、ホームページやバナーなどのデザインを依頼。遠隔でアルバイトを始め、次第に代表を支援し、お客様サポートなども手伝うようになった。

レンタルサーバー会社は順調に成長し、甲斐は、思いがけず大学時代にスタートアップの会社を手伝い、成長の一端を担う経験をすることになった。そして卒業時に、それまで甲斐がやってきた仕事の受け皿となる子会社の立ち上げを提案され、考えた末に挑戦することにしたのだ。

その会社の仕事のほか、普通のWeb制作会社として、中小の会社や飲食店、美容院などから制作の依頼を請けた。手応えを感じながらやっているなか、今度は別のデザイン会社から打診を受け、一緒に仕事をすることに。そこは、アートディレクターが起こした会社で、電通などの大手広告代理店からの仕事を扱っていた。「大学の専攻は経済で、デザインは独学ではじめました。ここで初めて、プロフェッショナルの仕事ぶりを間近で学びながら、仕事をすることになりました。デザイン、ビジネスの両面で大変貴重な経験になりました」。甲斐は振り返る。

手応えや自信を得た甲斐は、さらなるチャレンジへ。インターナショナルスクール時代の友人が音楽配信アプリを開発しており、主にデザイン面を手伝うことになったのだ。そこは、日本のアーティストを世界に羽ばたかせるというビジョンの下にアプリを開発し、様々なピッチイベントにも出るなど、まさにシード期のスタートアップだった。「サービスを世に出したい一心で、友人がピッチに出て、私はパネルやロゴ、Webサイトなどをつくっていました」(甲斐)。

念願が叶って出資者が現れ、甲斐は採用なども手がけるようになった。インター出身の2人らしく、国籍のこだわりはない。技術力とビジョン共感を軸に採用した結果、約半数が外国人の多国籍なチームに。甲斐は数少ない日本語メンバーとして、数々の日本の法令関係の対応なども担った。立ち上げメンバーとしてデザイン、ビジネスの両面で活躍した。

もう一度原点へ。デザインの仕事を求めて活動。for Startupsと出会って入社へ


残念ながら、結果的にそのアプリは、許認可などの問題で事業立ち上げができなかった。優秀な技術者が集まったその会社は、AIやロボティクスなどに方向転換。だが、甲斐はそのタイミングで、もう一度原点のデザインの仕事に戻るため、チームを離れることにした。

そのプロジェクトにコミットしていたため、自分の会社は休眠状態だ。一から仕事を探すために人材・案件の紹介サービスに登録。自宅に近いという理由で訪ねたのがfor Startupsだった。そして、刺さるものがあった。「行ったその日にCTOの戸村と話し、もう『ここだな』と思いました」。甲斐は言う。「デザイナーは使う人のためにものをつくる仕事。最初のサーバー会社、友だちの音楽アプリの会社、自分の会社でも、誰かの『やりたい』に寄り添い、伴走するのがデザイナーの仕事でした。for Startupsでは、『こんなふうに世の中を変えたいと思っている人がいて、そんなたくさんの人を支援している』という話を聞きました。ずっと誰かの支援をしてきた私には、とても魅力に思えました」。

デザイナーとしての力量は申し分なく、次々と人づてに仕事をしてきた甲斐。それだけでなく、思いもよらずにスタートアップを立ち上げ、軌道に乗せる経験を2度、自分の会社も含めると3度もやってきた。「近いから」という理由で訪れたものの、実はこれほどfor Startupsにふさわしい人材は、そうはいない。双方の意向がピタリと一致し、すぐに入社が決まった。

for Startupsではテックラボチームに所属し、ヒューマンキャピタリストが社内で使う業務システムのUXデザインに携わっている。目の前にエンドユーザーがいて、フィードバックを得ながらの仕事はとても楽しいという。また一人、異才が加わった。

2児の母、大学院生と軽やかに複数の草鞋を履く。柔軟に働ける環境も魅力


そんな甲斐は、中学生と小学生の2児の母でもある。この盛り沢山の来歴の一体どこでライフイベントを迎えていたのか。昔から早くに子どもを育てたいと思ってきた甲斐は、実は大学卒業と同時に結婚し、自分で会社を営みながら子どもを授かり、育ててきたのだ。そして下の子も小学生になり、少し手を離れた機を逃さず、なんと来春からは社会人大学院に通うという。

「ずっと行きたかったのです。大学卒業時、大学院に行く予定でしたが、思いがけず起業することになりました。なので、前のチームを離れ、子どもが学校に上がったタイミングで挑戦しました」と甲斐。研究するのは多文化組織論だ。「これまで幅広い組織をサポートしてきました。これからますます、海外の方の力も取り入れていかないと日本は世界で戦えません。世界に負けない日本企業になるために、多文化組織が必要だと思うのです」。

それはまさにfor Startupsのビジョンとも一致する。甲斐のユニークな経験と、それを体系的に研究した成果は、きっとfor Startupsと、その先にあるたくさんのスタートアップに役立つものとなるだろう。for Startupsには週3回通い、残りの2日プラス土日を研究活動などに充てる計画だ。

この柔軟な働き方もfor Startupsの魅力だ。仕事、研究、親業と3足の草鞋を、甲斐は軽やかに、鮮やかに履きこなすだろう。メンバーから受ける刺激も、甲斐の力になっている。「皆さん、話すのが上手です。支援したい企業や熱い思いを、口で説明する仕事だからでしょう。それが本当によく伝わってきます。私は文章やデザインで伝える仕事なので、私にはないスキルが刺激になるし、尊敬もしています。この素晴らしい仲間たちが仕事をしやすくするツールをつくるのは、素敵な仕事だと思います」。甲斐の新しい挑戦が、また始まる。

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