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Fracta Leapという「原石」の魅力を引き出したい。元商社マンが不確実性に満ちた世界へと飛び込んだワケ。

Nao Nitta(Director Of Business Development)

2021年の2月から新たにFracta Leapへと加わった新田。

技術者出身のメンバーが多いなかで、文学部出身の商社マンというその経歴は異色のものです。海外拠点の立ち上げに携わるなど、ビジネスマンとしても一流のキャリアを歩んできた彼が、スタートアップベンチャーという世界へ飛び込んできた理由とは。まずは「教師を夢見ていた」と語る学生時代の思い出から振り返ります。

子どもの頃から「慕うべき人」を見つけるのが得意でした。

Q1.これまでの経歴は?

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理系のバックグラウンドをもつメンバーが多いなかで、新田さんは文学部の出身だとお聞きしました。
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新田:

そうですね。同志社大学の文学部の出身です。やっぱり家族の影響が大きかったのだと思います。父は舞台照明を生業とする芸術家肌の人でしたし、8歳上の姉はアメリカへの留学経験があって海外のカルチャーにも詳しかった。食事をしていても、芸術や哲学の小難しい議論が当たり前のように飛び出してくる家庭でした。そういうバックグラウンドもあって選んだのが文学部という選択肢。そこで教職を取得して、教師になろうと思っていました。

 (同級生は和民でカントを語る、みたいな奴らで、それにはちょっとついていけませんでした(笑))

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教師になろうと思ったのはなぜですか?
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自分が出会った色んな先生に影響されて、という感じでしょうか。母から「あなたは慕うべき人を見つけるのが上手いね」と指摘されたことがあるのですが、本当にその通りで。それは学校の先生に限らず、社会人になってから出会う上司も含んでの言葉なのですが、でも子どもにとって身近な「慕うべき相手」といえばやっぱり先生じゃないですか。

だから、子どもの頃に先生からかけてもらった言葉は今でも思い出せますよ。例えば、小学校3年生のときの担任だった石原先生は、僕宛の手紙のなかで「なおは、色に例えると白です」と書いてくれました。要するに根は清廉潔白なのだけれど、その反面、周りの色にも染まりやすい、と。周囲に流されて黒くなってしまう可能性もある。だから根っこにある正直さや正義心を大切にしなさい、という教えです。これも本当にその通りの指摘で、今もときどき思い返して襟を正しています。石原先生に限らず、こういう人生の指針になる言葉をかけてくれる先生に恵まれてきました。今の私があるのは、そのおかげだと思いますね。だから自分も、人にポジティブな影響を与えられる教師になろうと、そう考えるようになったんです。

天職を捨てて商社へ転職。そこで味わった大きな挫折。

Q2. 前職ではどんな仕事に取り組んでいましたか?

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卒業後はそのまま学校の先生に?
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それがそうはならなくて。というのも教師ってまだ何者でもない若者のうちから人に「先生」と呼ばれる仕事じゃないですか。さっきも言ったように私は染まりやすいので、そんな環境にいたらすぐに「お山の大将」になってしまうんじゃないかと思ったんですね。教育実習にいったときに強くそう感じました。

それでも人に何かを教える仕事には興味があり、それで選んだのが塾講師という道です。もちろん塾講師も「先生」ではあるのですが、一方で生徒やその親御さんを「お客様」として扱わないといけない仕事だから、そのあたりでバランスをとっていけるんじゃないかな、と。

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塾講師の仕事はいかがでしたか?
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天職だと思いました。多分、私は人に何かを教えるということが人より得意なんだと思います。

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たしかに、新田さんは説明上手ですよね。何かコツがあるんでしょうか?__________________________________

まずは誰にでもわかる簡単な言葉で喋ること。これが基本ですね。その上でもっと大切なのがモチベーションを高めることです。モチベーションさえあれば、人は自発的に学んでいきますからね。そのためには、明確なゴールを設定してあげることが大切です。塾の講師であれば、私と生徒、ご両親の間で「どのレベルの学校に進学したいのか」というゴールを最初にしっかりと共有します。すると生徒自身もご両親も、そのために何をすべきなのかが見えてくる。あとは私がそれをサポートしていけばいい。

ちなみに「ゴールを設定する」というのは、今でも私がチームのリーダーとして最初に行うことのひとつですね。

        (塾講師自体に身につけたテクニックは、今でも仕事に生きています)

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なるほど。でも、確かそのまま塾講師を続けたわけではありませんでしたよね。「天職」とまで感じたのに、なぜ転職されたのでしょう。
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少子化の影響で「塾」というビジネスモデルそのものに翳りがみえるようになってきて。では、私がそれを立て直すことができるかというと、無理なんですよ。経営のことなんてまったく分かっていませんでしたから。このときにはじめて経営戦略の重要性を痛感しました。自分ももっと、ビジネスに深くコミットしたい。そう考えるようになり転職先として選んだのが、前職である株式会社ミスミです。

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大手の商社へ! なかなか大きな転身ですね。
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社内でも異色のキャリアでしたね。だから最初の一年は大変でした。というのも、当時の私はビジネスに関しては本当にズブの素人で。利益率とか原価率とか、そういう基本的なことさえ何もわかっていなかった。中途で入ってきてそんなレベルだから、周りからも随分と白い目で見られましたね。ある意味、人生ではじめて味わった挫折ですね。

           (当時はもう、毎日吐きそうなくらい辛かったです)

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それをどのように乗り越えたのでしょうか。
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人と人との信頼関係ですね。特にメーカーやサプライヤーのみなさんとの人間関係です。商社マンのなかには、メーカーやサプライヤーなどを「下請け」と見下している人が少なくはありません。俺たちのおかげでモノが売れているんだぞ、と。そういう態度は必ず見抜かれるから、ビジネスの関係を超えた信頼感ってなかなか生まれないんですよ。でも私はそれがすごく嫌で。やっぱり仕事相手のことはしっかりとリスペクトしたかったんです。だからメーカーさんのもとに足繁く通い、なるべく彼らを理解しようとしました。そうすると次第に「新田さんの頼みなら」と動いてくれる人たちも現れて。彼らの力を借りながら、実績を重ねていきました。少しずつ社内でも評価をいただけるようになり、入社5年目にしてドイツ支社への出向者に抜擢されました。

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ついにグローバルなビジネスの世界へ。辞令を受けたときは、どんな気持ちでしたか?
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内心ビクビクでしたね。ドイツ語はおろか、英語すらまともに話せなかったですし、人も文化も全く異なる国へ行くわけですから。出向者というポジションも微妙なんですよ。どうしても「本社からやってきた若造が」と反感を持たれやすい。実際に、ドイツに赴いてからも最初の2年くらいは本当に苦労しました。

ここでも突破口となったのは人とのつながりです。ローカルのスタッフや、現地のメーカー、買収した子会社など、少しずつ信頼関係を築くことで、着実に自分のできることを増やしていきました。それとこの頃には、政治力というのかな、社内でどうやって自分の意見を通すか、みたない立ち回りも身についてきて。「世界戦略」を謳いながら、本音では「アジアのマーケットを大事にしたい」と思っている本社から予算を引っぱってくるには、搦め手も含めて戦略的に動かなくてはなりませんからね。その結果、数億円規模のまとまった予算を勝ち取って、現地に新たな生産拠点を立ち上げることもできました。このプロジェクトが、私がミスミで手がけた最後の大きな仕事ですね。

          (敵も味方も含めて、人をどう動かすかに意識的になりました)

「水不足の解決」をビジネスとして表現するとしたら?

Q3. Fracta Leapで取り組んでいることは?

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ドイツでも確かな成果を残され、そのまま商社マンとして歩み続ける道もあったわけですよね。
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うーん、そうですね。きっとその方がキャリアとしては安定していたと思います。給与も決して悪くなかったですしね。ただ、年収の増加がやりがいに直結しなくなったんです。その思いは、ずっと昔からあって。明確なターニングポイントは年収700万円を超えたときだから、ミスミで役職がついたころでしょうか。

というのも、自分の父親が一番稼いでいた時期の年収がそのくらいだったようなんです。(亡き母がこそっと教えてくれたことなので本当かどうかはわかりませんが(笑)。)父親は、新聞に名前が載るような人間でしたが、日本という国は芸術にお金が集まらず、父親の功績に見合う年収がなかなかついてこず。じゃあ、年収が700万を超えた自分が、父親以上の価値を社会に提供できているかというと、とてもそうは思えなくて。その頃からですかね、年収を高めることよりも、世のため人のためになることをしたい、と改めて強く思うようになったのは。でもそんな話をできる相手は商社にはいなくて。もちろん僕もビジネスの面白さにハマって13年間も商社にいたのですが、その部分ではずっと違和感がありました。

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世のため人のために何かがしたい。それがFracta Leapへの転職を選んだ理由でしょうか?
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そうですね。自分はもう40歳で、キャリアも後半戦。ここで何か社会課題の解決に貢献できるインパクトがある仕事がしたかったんです。特に、人々の衣食住に直接関われるような、ビビットな領域の課題を解決したかった。その手段として、大きなブレイクスルーをもたらす可能性を秘めたAIに注目していました。そういった観点で何かできることはないかと探していったときに、エージェントから紹介していただいたのがFracta Leapだったんです。

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当初はどんな印象でしたか?
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まず自分でFracta Leapについて調べたときに、親会社であるFractaの創業者、加藤崇さんがノブレスオブリージュ、つまり持てる者の責任について語っているブログを見つけて、すごく共感しました。それで面接に伺うことにして、北林さんとお話したんですよ。

そこで感じたのは「この人は本物だ」ということです。表面的にはチャラチャラ喋るのですが、「社会課題を解決しよう」と本心から思っていることがヒシヒシと伝わってきて。その逆の人は結構いるんです。口ではかっこいいビジョンを語りながら、本音では儲けたいだけ、みたいな。でも北林さんはそうじゃなくて、本気で理想を実現しようという覚悟がある。

一方で、正直にいうと、Fracta Leapのビジネスモデルがどこまで「本物」なのかは、その時点では確信が持てなくて。というよりも、まだビジネスモデルとしては十分に詰め切れてない部分があるように感じたんです。でもだからこそ、ビジネスの世界で経験を積んできた私の力が生かせるはずだとも感じました。だったらここで働くしかないだろう、と。それで2021年の2月にFracta Leapへとジョインしました。

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実際に入社してみていかがですか?
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覚悟はしていましたが、思った以上に混沌とした状況でした(笑)。いわば、Fracta Leapはまだ原石なんですよ。それをどう磨き込んでいけばいいのか、ましてやどう売り込んでいけばいいのかは、まだ誰も見えていない。一体どこかから手をつけたものやら、というのが本音です。でもこれは悪い意味ではありません。そもそも、それを求めてスタートアップを選んだのですから。

今はまず、共通のゴールをつくるべきだと思っています。「水不足を解決したい」という抽象的な目標をもう一段掘り下げ、いつまでにどれくらいの規模でどんな事業を展開するのかを明確に言語化し、社員全員で共有すること。これを数ヶ月以内に達成することが、私の最初の仕事だと思っています。

いわば、現実と理想の擦り合わせですね。例えば、社内では「現在進めている産業水分野だけではく、公共水分野にも参入したい」という声が強くあります。北林さんも、明確にその方向性を志向している。けれど、本当にその両方を同時に遂行できるのか。やるのならばいつまでに実現するのか。そのためにはリソースがどれくらい必要になるのか。そういった部分を突き詰めて考え、ビジネスとして磨き上げていくことも私の役割でしょう。ほかにも意志決定プロセスの明確化をはじめとして社内制度の整備など、やるべきことは山積みです。

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新田さんのようなビジネスのプロがいると心強いです。一方で、メンバーのほとんどは技術畑出身です。その点で、コミュニケーションの難しさなどはありましたか?
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ないといったら、嘘になりますね。白状すると何を言っているのか全然わからないときがある。(笑)。そこは勉強中ですね。でも全くつらいと感じないのは、メンバーの誰もが敬意を持って接してくれるからです。技術とビジネスという違いはあれども、私が今まで積み重ねてきたキャリアをしっかりと評価してくれています。互いをリスペクトし合う関係性が築けていることは、Fracta Leapの大きな魅力です。それができているのは、一人ひとりが確固たる実績に裏打ちされた自信を持っているから。だからこそ、自分とは異なるキャリアを歩んできた人のことも自然と受け入れられるのだと思います。

     (もしかしたら、外国人よりも言葉が通じてないかも、とか思ったりします(笑))

不安も迷いもある。それでも強くしなかやでありたい。

Q4.どんな仲間と働きたい?

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これからFracta Leapに入ってくるひとにはどんなことを期待していますか? やはり自信を持っていること、でしょうか。
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そこは大きいと思いますね。それとも関連しますが、失敗体験がある人も向いていると思います。失敗とまではいわなくても、私が商社に入社して辛酸を舐めたように、一度大きな苦労をして、そこから這い上がってきた人は強い。そうした経験は輝かしい実績とはまた異なる方向から、自信を下支えしてくれます。

あとはフレキシビリティを持っていること。スタートアップの世界では朝令暮改が当たり前なんですよ。それくらい変化が早い。キャリアの異なるメンバーが抱える、多様な価値観も受け入れていかなくてはなりません。だからひとつのことに固執してしまう人には、あまり向いていない環境だと思いますね。

つまり、「強くしなやかに」ということです。実はこれも私が子どもの頃に先生にかけていただいた言葉なのですが、Fracta Leapで求められることは、このフレーズに集約されてきる気がします。まずは自分自身がブレない軸を持つこと。それが自信にもつながります。その上で、変化や多様性を柔軟に受け入れていくこと。このふたつが何よりも大切なのではないでしょうか。

私たちが挑むのは、誰も実現したことがない未知の領域です。一体これから何が起きるのか、誰にもわからない。だからこそ、強くしなやかに、その不確実性を積極的に楽しんでほしいですね。

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本当にそうですよね。新田さんも、毎日ワクワクしていますか?
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ワクワクよりもドキドキかなあ。自分で言っておいて恐縮ですが、私は小心者だから。本当は石橋を叩いて渡りたいタイプなんですよ。でも見栄っ張りでもあるから、そんな自分を認めたくない気持ちもある。世のため人のためになることを実行できるよう、自分をなんとか奮い立たせるために、今ここにいる、という感覚もあります。でも多かれ少なかれ、Fracta Leapに入ってくる人はみんなそういう部分があるのではないでしょうか。みなさん、何かしらのキャリアを捨てて飛び込んでくるわけですから。不安も迷いもあっていいと思います。それらも全部ひっくるめて一歩を踏み出す勇気こそが、世界を少しずつ変えていくのではないでしょうか。

塾講師→大手商社→理系メンバー中心のFracta Leapと、幾多の苦難を乗り越え異色の経歴を歩み、さらなる挑戦の場としてFractaLeapに辿り着いた新田の姿、お伝えできたでしょうか。
Fracta Leapでは現在、事業開発リーダーを募集しています。興味のある方はぜひ、下記ボタンよりお話を聞きにきてください!

Fractal Leapメンバーのストーリーは、今後もまだまだ続きます。
次回もぜひ、お楽しみに!

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