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生活習慣病は自業自得ではない

「公衆衛生学」という耳慣れない学問が、日本の疾病構造を大きく変化させました。平均寿命も延びました。一方で「健康寿命」については伸び悩んでいます。これは、統計だけでなく、医療の現場でも、肌で感じます。特に脳神経外科救急では、初対面の患者さんの家族に「命を取るか、意識を取るか」という究極の選択を迫る毎日ですから、非常に辛いことも多い。人間の死亡率は常に100%です。あなたも、私も、何らかの具体的な死因で、死を迎えます。そのほとんどは、がんか、脳卒中を含む心臓・血管障害です。死ぬのは分かっていても、誰だって、それまでは元気でいたいものです。


一般的な病院の脳神経外科の外来では、ほとんどの患者さんが生活習慣病、つまり、高血圧、脂質異常、糖尿病のいずれかを抱えています。本来なら内科外来の領域ですが、議論はさておき、脳血管にトラブルがある以上、脳神経外科医が生活習慣病を治療することは、ごく普通です。


「内科との違いはあるのか」と聞かれます。実は根拠にしているガイドラインが同じですから、ほぼ一緒です。より専門的な疾患を合併してそうなら、各専門内科へ紹介するところも同じです。救急でも、ありとあらゆる病気を抱えた方が脳卒中として搬送され、ありとあらゆる薬を使いながら、手術をする訳ですから、内科の先生方には随分たくさん教わったものです。強いて違いを言えば、私の場合は、より厳しいコントロールをするかもしれません。理由は簡単です。その方が脳卒中を発症され、救急車で搬送されてくるところを目にしたくないからです。例えば、高血圧は怖い。しかし、具体的にどう怖いかを日々目の当たりにしていると、治療にも熱が入ってしまうものです。


本当によく勘違いされていますが、生活習慣病の治療の目標は、数字を良くすることではありません。脳卒中を始め、「具体的な病気」を起こさないことです。脳神経外科医はしばしば神の腕などと褒められたり茶化されたり皮肉られたりします。しかし、全ての脳神経外科医たちが、誰よりもその怖さを知っているがゆえに、脳卒中を起こさないことを本気で祈っています。私も、私の外来からは脳卒中を一人も発症させない覚悟を、「笑顔で」お伝えしています。


多くの方が、生活習慣病の薬を始めるときに抵抗を示されます。薬漬けは嫌だ、好きなように生きてコロっと逝きたいと。いやいや、コロっと逝けないから脳卒中は怖いんです。週刊誌の無責任は報道にはここでは触れませんが、だいたい、薬漬けなんてどこの言葉なのでしょうか。非常にきめ細やかに進化した最先端の薬を知ることから、始めたいですよね。

生活習慣病への対応は、もう変えることができない過去の生活習慣の結果と、今後の生活習慣そのものに分けると、分かりやすくなります。過去の生活習慣の結果は、あなたの身体そのものです。血管など、身体の構造が変わってしまい、交換は不可能ですから、薬の使用に選択の余地はありません。一方、今後の生活習慣は、あくまで習慣ということがポイントです。例えば1ヶ月間理想的な生活を送っても、それが習慣にならなければ意味がないのです。そもそも、健康の為に生きるのではなく、生きる為の健康です。そこを間違えてはいけません。例えば、減塩は血圧管理の基本ですが、一生精進料理しか食べないなんて、できますか。主役はあなたの「人生」です。それでしわ寄せが来る部分は、薬を使って辻褄を合わせるのが現実的なやり方です。習慣はそう簡単に変えられるものではありませんよね。正しい知識を理解するというだけでも、習慣の大転換、大きな前進です。


残念なことに、生活習慣病の患者さんを叱る医師を見かけます。一部、それを望む患者さんもいます。しかし、中には、生活習慣病の成れの果てを、自業自得だの自己責任だの突き放す声も間違いなく存在します。私はこれは誤りだと断じます。その方がそれまで必死に生きてきた事実そのものを忘れてはならないし、医師自身だって、過去は変えられません。私自身も、これまでの生き方は、健康面で(も)とても自慢できたものではありません。医師は、叱咤するエネルギーがあれば、正確な知識の提供に割くべきです。生活習慣病を診ることは、人それぞれの「現実」を尊重することに他ならないのです。

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