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地方移住|私が南相馬で暮らす理由。

みなさんこんにちは。MYSH合同会社南相馬支社長、みなみそうま移住相談窓口よりみち代表の後藤彩(あやか)です。

熊本県出身、東京生活を経て、社会人3年目に福島県南相馬市に移住して10ヶ月。「なぜ、南相馬で、そんなに面白そうな仕事をしているの?」と訊かれる機会が増えました。

そこで南相馬での当たり前の生活をこれからnoteに綴っていきたいと思います。まずは今の仕事と暮らしの根底にある「なぜ南相馬か、なぜここにたどり着いたのか」について紹介したいと思います。

目次

  1. わたしは実践者でありたい。
  2. 「生活」を見つめた大学生活
  3. 就職、そして第三者であることのもどかしさ
  4. 顔が見える繋がりを南相馬で見つけた
  5. 「やりたい仕事をつくり、実践できる環境」が偶然重なり移住した
  6. なぜ南相馬か、なぜここにたどり着いたのか

わたしは実践者でありたい。

突然ですが、私の実家は熊本県の山間部で兼業農家をしています。
小さい頃から、平日は熊本市内の学校に通い、休日は朝から父に連れられて車で1時間半、山奥にて祖父母の農作業を手伝うという生活をしていました。

子供にできる作業に特別なものはなく、延々と続く単純作業に辟易しながらも、黙々と自分の足で歩き、道具を運び、草を抜き、自然を眺めて過ごしていたのを覚えています。

その時は気づきませんでしたが、後から振り返るとこの時の地道な経験が自分の行動ベースになりました。

何事も目の前の一つ一つの作業を完了させていかないと進まない。
一つ一つの行動は苦しい。
結果もすぐには見えない。
しかし、その積み上げに大きな意味がある。

ここから「現場を見る・自分で動く」ということが一つの行動指針となりました。

「生活」を見つめた大学生活

大学では「生活者の視点」から社会課題を考えるお茶の水女子大学大学生活科学部人間生活学科生活社会科学講座に進学。
世の中のルールが実社会でどのように使われているのか、実際の当事者である人達にとってはどんな意義があるのか、民・公の立場から何ができるのか、
学問の物差しを借りながらも、自分自身も生活者であることを忘れずに生の課題を捉えることの大切さを4年間を通して学びました。

↓卒論のテーマが様々なところから講座の多様性を感じていただけると思います。
お茶の水女子大学 生活科学部 人間生活学科 生活社会科学講座 卒論一覧

また、現在仕事をしているMYSH合同会社との出会いも大学生の頃。
当時、渋谷で営業していた日本酒バー「MYSH Sake Bar」。
15人ほどの副業メンバーが日替わりで店に立ち、自分が好きな地域やお酒、食べ物について熱く語り、地方の食や暮らしや人に想いのある方が集う店。

週一回お店に立つ中で出会った、
●各地域の食や暮らし、ストーリーが好きで、それらに関わる人を純粋に応援してくれるお客さん
●地方のストーリーを自分ごととして語り、活動する人たち(お客さん&スタッフ)
●本業だけでなく、副業での自己実現にもエネルギッシュに取り組むスタッフ
との出会いは、多様な働き方や実践の可能性を感じさせてくれました。

就職、そして第三者であることのもどかしさ

新卒では外資系製薬・MSD株式会社の営業へ。「人々の生命を救い、生活を改善する」という一貫したパーパスに基づき、
薬を通して最終的に患者さんにインパクトのある仕事ができること、
社員の自己実現やスキルアップを推奨し、アジャイルに組織を変えようとする行動がとても魅力的な会社で、その道のスペシャリストの先輩方に、ただただ育ててもらいました。

最初の配属先が福島県いわき市
初めて東北に足を踏み入れ、中通りの営業所近くに住み、平日はいわき市のホテルに滞在して営業活動を行う生活を2年ほど経験しました。

忙しくも充実した生活の一方で、出張生活&第三者的立場のMRだからこそ、出会う方々との関係性の薄さ、腹を割って話せないもどかしさを感じていました。
最終的に社会に貢献しているのだろうけど、もっと生身のやり取りを通じて地域と関わる働き方がしたい。
そんなとき、出会ったのが南相馬でした。

顔が見える繋がりを南相馬で見つけた

2019年から、MYSH合同会社は南相馬市とご縁があり、東京にて関係人口創出イベントを開催していました。
同時期に就職した私が福島で仕事をしていると知ったMYSHの社長に誘われ、2020年からプライベートで南相馬市のプロジェクトに携わるように。

ゆるく関わり、たまにイベント等のオンライン会議に参加する中、まずは現地を見てみようと訪れた日。
自宅から100km、初めて訪れた南相馬市鹿島区の海に魅了されてしまいました。

初訪問の際に気取らない地元サーファーの方々が沢山いたことを忘れられず、2週間後にはウェットスーツを借りて、また同じ海岸に。
そこから約一年、
サーフィン(というよりは、海に入ることが身近なライフスタイル)に熱中し、週末早朝から南相馬市に通い、地元では有名なレジェンドサーファー師匠に教わりながら海に入り、
サーフィン後はスイーツを食べて、自然の中で本を読み、時には地域のイベントに参加し、日帰りで帰るのが日常になりました。

南相馬で私が出会ったのは、自分が安らぎを感じる自然の中でのライフスタイルだけでなく、南相馬の地元の方との顔が見える関わりでした。

「サーファー〇〇さんのおすすめのお店、そこの魅力的な店主、店主がやり取りをしている農家さん、も知り合いの相馬野馬追に毎年出ている〇〇さん家での乗馬体験」
こんな繋がりがデフォルトであることに何よりも豊かさを感じました。

フラットに出迎えてくれる温かい繋がり
通う中で、このまちで暮らしたい、働きたいと思うようになりました。

「やりたい仕事をつくり、実践できる環境」が偶然重なり移住した

社会人3年目夏、仕事について再考。
これまで得た基礎を振り返り、これからのキャリアを改めて考えたとき、
「課題を事業化し、解決できる人間になりたい(特にそれが、最終的に患者さんとその家族の生活をより良くする事業であれば嬉しい)
という方向性を改めて感じました。

実現に向けて、次のステップでは、事業を生み出す経験を積み、スキルを身につけたい。その場所は、自分に豊かさをシェアしてくれた南相馬が良い。
こんな思いを確信しました。

同時期、MYSH合同会社サイド。
地域の方々とディスカッションを重ねる中で、
「東京での関係人口創出イベントに取り組むだけでは本質的でない。やはり、地方を面白くしていくためには、実際に地域に入り込んでのまちづくりが必要である」という話になりました。

それならば、大好きな南相馬で、
学生時代から思いに共感して関わってきたMYSHの一員として、
街を元気にする人や事業を増やしていこう。


ありがたいことに共に取り組んでくれる仲間を見つけ、MYSHに転職し、2021年10月に社員2人で移住しました。

私は移住を検討し始めてから決断するまでは非常にスムーズでしたが、
その根底にはここまでで書いてきた南相馬の暮らしへの共感と人との繋がりがあったからです。

そこから10ヶ月。
まだまだ序盤ですが、事業を作り、実践・失敗して、やり切る経験値がどんどん増えている実感があります。
2021年は首都圏20代を集め、それぞれ自分が・南相馬でやりたい事業を考える、4ヶ月間の「南相馬・仕事づくりセミナー」を開催。15の事業アイデアが生まれました。

↓ 画像を押すとセミナードキュメンタリー動画に飛びます

2022年7月には20代移住者中心に運営する「みなみそうま移住相談窓口よりみち」をオープン。
2人から6人に増えた仲間と共に、自分たちの経験を生かした移住促進に取り組んでいます。
HP みなみそうま移住相談窓口よりみち

今、移住前からさらに深く広がった地域との繋がりを軸に、
事業の実践に取り組むことができている毎日です。

なぜ南相馬か、なぜここにたどり着いたのか

ここまで読んで頂きありがとうございました。
「地方移住」というとなんだか身構えてしまいますが、
実際にはどこにでもある偶然と、まちを自分事化できた瞬間の積み重ねで決めているのだと思います。

そしてこれから、私たちは南相馬でそんな偶然を沢山作っていきたいと思います。

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今後のnoteでは、実際にどんな働き方で、どんな生活をしているのか?の日常や考えを発信していきたいと思います。
楽しんで読んで頂けたら幸いです。

📍MYSH合同会社視点の「なぜに南相馬?なぜにまちづくり?」はこちらから
日本酒バーからまちづくりへ。地方で始める選択を。|Wantedlyストーリー

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