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いじめや病気の絶望から起業を決意。看護師と経営の2軸で掴んできた仙波翔吾の生きがい

「性格も違うし持病もあって、普通に生きていくのが難しかったんです。」

起業の理由にそう答えるのは、看護師から起業した経歴を持つ、株式会社AILEのチーフマネージャの仙波翔吾。

思春期に重いいじめを受けながらも探り当てた起業家としての生き方は、どんな逆境も乗り越え、変化に対応し続けるマインドに生きているそう。普通では耐えがたい数々の試練と、彼はどのように向き合ってきたのでしょうか。


「普通に生きていくのが難しい」勝ち得てきた生きる道

ーいじめや病気を乗り越えてきたとのことですが、詳しく聞かせていただけますか?

小学校の頃からあやとりやルービックキューブが得意で、友達がいなくても一人で楽しめる性格だったんです。中学校に上がると学区外の学校に通うことになったのもあって、友達が一人もいない状況からスタートでした。特殊な性格かつコミュニケーションが苦手だったので、そこから机を外に投げられていたり、靴に画鋲が入っていたりと、いじめの標的でしたね。本当に辛かった。そこでさらに病気も診断されて「普通に生きていくのが難しい」と感じていました。

ー壮絶ですね...。いじめや病気をきっかけに生き方を考えはじめたんですね。

自分は家族仲もいいわけではなくて、家にも居場所がなかったんです。学校にいた方がまだましでした。だから学校生活を頑張るしかない、自分に足りないことを身につけていくしかないと思って。

クラスの中心人物を分析して、どうやったらみんなと仲良くできるかを考えたんです。声の大きさや喋り方、話題についていけるように、人気のドラマやアーティストのことなども聞き出して、見ていました。自分でメモを作って、全学年の人たちのことを調べたんですよ。今考えると恥ずかしいですけど(笑)その結果、友達も少しずつできるようになって、野球下手なのに野球部で副キャプテンにもなれたんです。

ー努力で生きやすさを勝ち得たんですね。起業を目指したのはどのタイミングでしたか?

父親がJRで働いていたのもあって、安定的な仕事に就いても満員電車に乗って働かないといけないんだと感じていました。たぶん自分には無理だろうなと。だったらもう起業しかないって漠然と思ってましたね。でもやりたいことなんてないので、進路どうしようかな、人生で必要なものってなんだろうなって。そこでたまたま母親が進めてくれたのが、看護師だったんです。医療の知識があれば、いますぐ人の役に立てるし、雇われる感覚がなく仕事ができるんじゃないかって、看護の大学へ通いました。


「俯瞰できるようになった」看護大学と事業の2足の草鞋で心境の変化

ー大学に入学してから、事業と看護の勉強と両軸だったんですね。

そうですね。初めての一人暮らしで、好きなことをやっていこうと心に決めてました。好きなことを見つけるためにも、とにかく人に会って話を聞きたい思って。Twitterなどでダイレクトメッセージを送って話を聞きにいったりして、投資やビジネスを学びました。アルバイトも4年間で20~30個は経験しましたね。とにかく好きなことを見つけたくて、行動しまくってました。

ー起業してから、周りの環境や心境は変わりましたか?

いじめは高校や大学、職場でも続くんですが、俯瞰できるようになりました。中学・高校の頃は、このままだと死んでしまうと思って過ごしてましたが、実習や職場でのいじめはそこまで思わなかったんです。収入も他の居場所もあったから、余裕を感じていたのかもしれません。

20歳で起業したんですが、それと同時にどこかに勤める経験も必要だと感じてました。転職事業をしていた時の看護師からの相談で「とりあえず3年は働く」という言葉を耳にして、なぜみんなそう考えるのかなって。せっかく看護師免許もあるので、自分もとりあえず3年働いてみようと決めました。

事業で2000万円の持ち逃げ、それでも前を向けたわけ

ー学生や看護師時代を振り返って、事業で苦労したことはありましたか?

看護師になってからはネットワークビジネスや、1人100万円するコーチングの事業をしたりイベントやコミュニティの企画などをして、手広く事業をしていました。

そんな中、看護学生の実習中の出来事でした。当時アメ車の事業をする予定で、事業の頭金が2000万円必要だといわれたんです。一緒に事業をする予定だったパートナーをなんとなく信頼して、そのお金を貸してしまったら、持ち逃げされてしまいました。当時21歳の僕にとっては金額が大きすぎて感覚がなかったのですが、仕事以外に授業も国家試験も、やることが多かったので落ち込む暇もなかったです。経験として学んで、挽回するしかないと思ってました。

ー21歳ですごい金額ですね...。普通じゃ立ち直れないと思いますが、どんな学びにつながったんですか?

人と共同で事業をするのはリスクだと学びました。でも一人で事業をするにも、それは幸せには繋がらないと感じていたんです。誰かに依存するのではなく、いい塩梅の関係性を築いていかねばと思いました。


「生き急いでた」共同代表の篠田との出会い

ー株式会社AILEとの出会いのきっかけを教えてください。

当時の自分は事業を色々やってるものの、まだやりたいことには出会えてませんでした。そんな中で紹介を通じて出会ったのが株式会社AILE共同代表の篠田だったんです。今後どうしていこうかと考えていた時に、篠田と話す機会があり「一旦立ち止まって、間に耐えた方がいい」といわれたのを覚えています。

その言葉の意味の深さに感動して「この人がいうなら、止まってみようかな」と。篠田の経験や人としての懐の深さに、これまで自分が関わってきた他の経営者とは比較できない信頼を感じました。

ーやりたいことを探して動いていた最中の篠田さんとの出会いが、転機だったんですね

周りの経営者と比較して、とにかく自分も何者かにならなければと模索していたのですが、自分なんてものはなくていいんだと思えるようになりました。お金よりも自分なりの生き方で幸せを見つけていきたいなと。

篠田との出会いをきっかけにAILEの仲間と一緒に仕事をすることになって、考え方や思慮の深さで「この人たちはすごい」と本気で思える瞬間がたくさんありました。辛い思いもたくさんしてきましたが、仲間のおかげで幸せのハードルがぐんと下がって、些細なことでも幸せを感じられます。これからもそんな素敵な仲間と一緒にいれることが、自分の成長にも幸せにも繋がると信じて、自分なりのライフワークを歩んでいきたいです。

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