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プラットフォーム開発の要、泉川。組織づくりとものづくりの挑戦を経て、彼が今目指すものとは

代表江尻が構想した「bitkey platform(事業の源流となる自社開発のプラットフォーム)」を、ゼロから形にしたメンバーの一人、泉川。独自のマネジメントによる組織づくりと、事業の基盤となるプラットフォーム開発のリード等、創業メンバーである彼の挑戦は多岐に渡る。そんな彼は今、一人のエンジニアとして新たなステージへと進んでいる。

【社員プロフィール】

泉川 貴洋(プラットフォーム開発エンジニア)

1986年香川県生まれ、早稲田大学政治経済学部経済学科入学。大学時代は映画祭・インターン・留学生交流サークルの立ち上げなど活動的に過ごす。ワークスアプリケーションズ、フロムスクラッチを経て、創業メンバーとしてビットキーにジョイン。

bitkey platformの可能性とは

ーー泉川さんがビットキーにジョインした経緯を教えてください。

泉川:前々職のワークスアプリケーションズ在職時に、エンジニアの有志たちと江尻さん宅で研究したり、合宿に行ったりしていたことがきっかけです。あくまで自分たちの知的欲求を満たすための場だったので、その当時はまさかビットキーという会社が生まれるなんて思ってもみませんでした。

有志で集まっていたエンジニアを中心として起業するという話を聞いたタイミングで、僕もビットキーの創業メンバーとして誘われました。

ーーすぐに入社を決めたのですか。

泉川:いや、正直最初は「どうしようかな」というテンションでした。スマートロック単体で見ると類似サービスもあるし、そのニーズはどこにあるんだろう?と思ってしまって。ただ、「カギ」という領域だけだとイマイチピンと来なかったんですけど、IDのプラットフォームという今後の事業展開の話を聞いた時にハッとしました。すごく意味のある取り組みになる、そう確信したんです。

ーーbitkey platformの特徴を教えてください。

泉川:ブロックチェーンからインスパイアされながらも、改ざん耐性にフォーカスを当てているところが特徴です。そもそもブロックチェーンは出来上がったデータの書き換えができないので、「そのデータが登録される正しさ」についての問題がどうしても付きまといます。そこで僕らが「分散合意」と呼んでいる、お互いのサーバーで答え合わせするような仕組みを導入することで、処理の部分の改ざん耐性を強化しています。おそらくそれをやっているのは世界を見てもビットキーだけではないかなと思っています。

ーーどういったところに使えるのですか?

泉川:現在は自社で開発しているスマートロックの認証や取引情報で使われていますが、今後はあらゆる場面で「その人がその人である」ということを証明する「認証」全般に使っていく想定です。

世界には、様々な認証方法が存在します。端末認証に代表されるような所有物認証や、パスワードを入力するというような知識認証、さらに顔認証などの生体認証です。将来的には僕らが作っているプラットフォームを経由することで、様々な認証を自社サービスに組み込んでシームレスに繋がる世界を作っていけると思います。ビットキーはテクノロジーの力であらゆるモノとサービスを気持ちよく「つなげる」をミッションとしていますが、まさにそれが現実となった世界がやってくると信じています。

bitlockが初めて動いた日のこと

ーーこれまでで最も印象に残っている出来事はありますか。

泉川:bitlockが初めて動いた瞬間ですね。ファームウェアのヘルプを行っていた時のことでした。もう社会人になって10年近く経ちますが、唯一仕事で泣いたのがこの瞬間でした。

ーーどんな状況だったのでしょうか。

泉川:その日はエンジニアを統括している山本さんとオフィスにこもって、僕がプログラムを修正して、山本さんが扉にbitlockをくっつけて動くかどうかを確かめる、という原始的な手法でテストを行っていました。ちなみに今はもっと洗練された手法を用いています。

その頃にはもう製品を作り始めてから6ヶ月が経っていましたし、「そろそろ動くぞ」と思ってからも3ヶ月くらい経った頃でした。絶対にできる、という確信がありながらも正直焦りはありましたね。何百回、何千回トライしたか分かりませんが、「山本さーん!修正しましたよ!」と声をかけると、その時ばかりはウィーンという音が聞こえてきたんです。「ウィーンっていった・・・動いた!?」と。感動しました。気付いたら自然と涙が出ていましたね。

ーーそれは喜びや安堵の涙だったのでしょうか。

泉川:どちらかというと、感慨深さによる涙でした。はじめてbitkey platformの思想を聞いたのは創業前だったんですけど、その時は「何を言っているんだろう?」という感じで。とりあえず言っていることを僕らなりに解釈して書いてみるというところから始まり、デジタルキーが発行できた!分散合意できた!と、少しずつ少しずつ形にしていったんです。その頃を思い出して「やっとここまできたかー」と。

その名も「予言」。独自のマネジメントを展開

ーー泉川さんはマネジメントポジションも担っていたかと思います。マネジメントする上でどんなことに気をつけていましたか。

泉川:理想の上司像があったので、それをいつも意識していました。社会人になって一番初めの上司が言っていた言葉がずっと心に残っていたんです。「何かあった時に助けてくれる上司は優れた上司じゃない。部下が何かあった時に大ごとになる前に事前に防ぐことができるのが優れた上司だ」と。だから僕のチームでは小さな失敗をたくさんしてもらって、大きな失敗は事前に僕が全力で回避していく、というスタンスでした。「予言」もその一つですね。

ーー「予言」とは何ですか?

泉川:言葉通りですが、未来に何が起こるか書き出して全社に発信していました。予言には2種類あって、1つ目は3ヶ月を週単位に区切って完了タスクを定義するものです。特徴的だったのは、最高ライン、通常ライン、滅亡ラインと3つのラインを命名して定義したこと。毎週、全社ミーティングで「今の進捗は●●ラインギリギリです!」とか発表していました。最初は色々つまづきも多く、滅亡ラインに行かないようにメンバー全員で必死になりました(笑)。

もう1つは2週間先までに起こりうること、トラブル、人の気持ちの変化をSlackの個人分報チャネルで毎週末に投稿するという予言です。こちらは「このままだとこうなる」という通常予言と、「最悪こうなる」という滅亡予言の2つ載せました。そこで2週間後に起こる最悪予言の事象Aを回避するためにこういう取り組みします!というのを毎週やっていました。

ーー「予言」を取り入れた理由を教えてください。

起こりうる問題は予兆があり、実は起こる可能性に気づいてたということが多いと思うんです。だからあらかじめ色々なケースの先を想定して、回避のためにどうする?その事態に遭遇した場合にどうする?という意思決定をしておけば先手が打てて安定するはずだと思ってやりました。

実際にはかなり良い形でプロジェクトは進みましたし、想定していなかったクリティカルな問題は1つも出ませんでした。

実は僕、マネジメント降ります。

ーー面白い取り組みですね。マネジメントに対してやりがいを感じていることが伝わってきます。

泉川:やりがいはありました。でも実は、少し前にマネジメントを降りたんです。

ーーなんと。なぜ降りる決断をなさったのでしょうか。

泉川:このままマネジメントを続けていて良いのか、という思いはずっとありました。自分が一番幸せに感じる瞬間は?と考えた時に、「音楽を聴きながらプログラムを書くことだ」という心の声が無視できなくて。
決定打となったのは、他社でマネージャーとして活躍されている方を記事で見かけて会いたい!と人事に伝え、お会いさせていただいたことです。その方は、「人の成長にいい影響を与える、それが自分の幸せですし、働く意味だと思っています。」とおっしゃっていました。

マネジメントを真面目に続けていくことはできるけれど、情熱がもたらすような一撃は出ないんじゃないか。そう考えた時に、僕がマネジメントで貢献できる価値の限界を自分に感じました。

ーーマネジメントを辞める、という決断に対して周囲からはどのような反応が来ましたか。

泉川:CEOの江尻さんに話した時には、「やりたいことをやってほしい」と言われました。従業員を幸せにするのが僕たちのミッションだから、めちゃくちゃわがままを言ってほしい、当たり前だけどここはみんなの会社だ、と。会社と従業員の優先順位について考えた時に、極論を恐れずに言えば会社の優先順位が高くて、自分の要望が叶わなければ辞めるのは当然だと思っていました。だから、会社が従業員に合わせるという意見に驚きましたし、無用な事業リスクも生みうるのでは?と感じました。経営側が想定していたものとは違う変化が生まれる、ということなので。ただ、江尻さんはそこももちろん理解した上で、「それでも好きなことをやって社会貢献しないと意味がない」という本気のスタンスで向き合ってくれたんです。カッコいいなと思いましたね。

チームのみんなも「泉川さんがやりたいことをやってください」と言ってくれます。保守だけじゃなくてこれからも急速な発展が必要な部署なので、このタイミングでマネジメントを降りることに不安がなかったとは言えないですが、自分もプレーヤーとして暴れたかったので優しさに甘えました。みんな僕より優秀、というか天才プレーヤーしかいないのでなんとかなるとは思っていました。

そして、ビットキーにはマネジメントを降りたから評価を下げる、という概念自体がないんですね。トッププレーヤーとして専門性を極める人も、マネジメントポジションを担う人も、どちらも評価において同様に重んじてもらえます。そういった観点からも、マネジメントを降りる上での懸念材料は少なかったように思います。

ゼロイチを成し遂げたその先の未来

ーー今後についても教えてください。事業の核となるbitkey platformが出来上がった今、泉川さんはどういった未来を描いているのでしょうか。

泉川:最初は「bitkey platformが出来上がったらもう自分にやることはない」と思っていました。でも今は、次のステージを見ています。何も整っていないところからスタートするのが好き、というのは変わりないですが、今後必要な機能もゼロから作るものが数多くあるので、全部食うつもりで取り組みたいと思っています。僕、無理だと思われることをやるのが好きなんですね。万が一、目新しいものがないと思う瞬間がやってきたなら、違うチームに行って新しい挑戦をするかもしれません。

ーー最後に、泉川さんはどんな人と一緒に働きたいですか。

泉川:自分の技術が一番だ!と思える人です。うちのチームは負けず嫌いを揃えている、という特徴があります。実は、入社前に面談でお会いした方には「自分が一番だと思えなかったら多分うちのチームに向かないと思います」と伝えていました。チームメンバーのことを純粋に尊敬しているけれど、僕自身も全力を出したらみんなには絶対勝てる!と思っていますし、他のメンバーにも「この面ではこの人に勝てる」「この面ではチームで自分が一番だ」という風に常に思っててほしい、と伝えています。

新しく入るメンバーにも、技術に対するプライドは強く持っていてほしいです。そしてその思いを融合させて、既存を破壊するほどのbitkey platformを共に生み出していきたいと思っています。

ーーありがとうございました。

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